P29 P28 P27 P26 |P25 P24 P23 P22 P21
P20 P19 P18 P17 P16 P15 P14 P13 P12 P11 P10 P09 P08 P07 P06 P05 P04 P03 P02 P01
GK-709 GK-710

玉犬鎮

玉太陽神鳥勾形器
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 3.8cm×横 4.6cm×奥行 3.7cm
● 価格 : \

尻尾・耳が長い洋犬らしき造形。青玉製で局部褐色化。
● 時代 : 新石器時代(BC4000〜BC3000)
● サイズ : 高さ 8cm×横 3.4cm×奥行 2cm
● 価格 : \

紅山文化。
長い頭上から伸びる飾り、突出た口顎、長い眼、彎曲する長い胴と尾を持ち、頭部後に穴が穿たれる。複合玉器。青玉製。

参照 : GK-675
● 別角度画像 → 裏側側面拡大底面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-707 GK-708

玉獅子鎮

ラピスラズリ獅子鈕印章
● 時代 : 唐〜宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×横 5.5cm×奥行 4cm
● 価格 : \

咆哮する獅子に襲いかかる鷹を造形する。彫琢も精巧で、時代が生む極めて力強い造形は近現代作品には見られないもの。
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 3.1cm×横 1.3cm×奥行 1.1cm
● 価格 : \

深い藍色の青金色の彫刻は、古くから好まれたもの。原産地はアフガニスタン東北部のバダフシャン地方。緑松石・水晶・瑪瑙と共に西アジアの広い地域で古くから装身具などの原料として愛好された。獅子鈕の刻が精緻で力強い。青金石から取り出される濃青色の顔料はヨーロッパでは中世から輸入して使用され、極めて高価であったが、19世紀に人工ウルトラマリン・ブルーによって置き換えられることとなった。

参照 :WS-011DK-422GK-550GK-546GK-663
● 別角度画像 → 裏側側面側面拡大 ● 別角度画像 → 側面拡大底面

GK-705 GK-706

穀粒文玉壁

玉鳥鎮
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 径 29.2cm×厚み 0.7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

外縁・内縁のすぐ内側には、弦文が一本づつ刻まれ、その間に精緻精細の穀粒文が両面共に刻される、大型玉壁。戦国から漢代に好まれた、湿潤で透明感ある新疆ホータン産青玉で、部分的に侵食されて褐色。春秋戦国時代になると旧来の六器は依然と して盛んに用いられ、なかでも圭と壁は急激に増え、六器のなかで最も好まれるものとなった。中でも壁の地位が最も高く、鼎に次ぐものとされた。日本某著名玉収蔵家旧蔵品であり、仕込桐箱添。

参照 : GK-486
● 時代 : 宋(遼)時代
● サイズ : 高さ 4cm×横 5cm×奥行 3cm
● 価格 : \

蓮花・荷葉上に乗る白鳥を優美に造形する。新疆ホータン青玉製。遼代では玉器の製造が発達し、後世に伝わる佳品を多く残した。
人々が神として畏怖してきた自然は遼・宋・元代には観察の対象となり 水辺で遊ぶ鴨や雁、山中を駆け回る小鹿や兔など身辺で生命感溢れる造形が多く登場するようになる。

参照 : GK-417
● 別角度画像 → 裏側拡大側面桐箱 ● 別角度画像 → 裏側拡大底面

GK-703 GK-704

玉鳥

玉猫鎮
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 1.8cm×横 6.5cm×厚み 0.8cm
● 価格 : \

鸚鵡を青玉で形成する。佩としての用。
局部褐色化。
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 3cm×横 5.5cm×奥行 5.5cm
● 価格 : \

親に寄り添う子猫を丸彫りする。時代褐筋斑文が見られる。経済成長でもたらされた巨額資金が株・不動産・宝石、そして美術品に流れ込み、玉を始めとする美術品が高騰する中国の現在は、やはりかっての日本のバブル時代そっくりだ。
● 別角度画像 → 裏側拡大底面 ● 別角度画像 → 裏側上・底面拡大

GK-701 GK-702

玉三羊鎮

玉馬鎮
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 2cm×横 5.5cm×厚み 5.5cm
● 価格 : \

親と2頭の羊が精緻を極めた彫琢で仕上げられている。「羊」は「陽」と同音であることが好まれ、「三陽開泰」は吉祥図柄。中国では「山羊」が「羊」と区別されずに描かれる。「三」は天地人の道が備わる聖数と考えられたため、「三羊」は漢代以来、めでたい言葉として大いに好まれた。現在和田玉は現地当局による採掘制限で産出量が減ったこともあり、財テクの対象となり価格高騰。昨年の和田玉1個の最高取引額は、約1億5000万円。
● 時代 : 清朝時代(18世紀)
● サイズ : 高さ 3cm×横 6cm×奥行 3.5cm
● 価格 : \

馬の背に猿が乗ったり座ったりするのは 「馬上封侯」。「馬上」は中国語で ”すぐに” という意味であり、候に封ぜられること、つまり昇進・昇格の幸運が時間を置かずにやってくることを願う。
玉の書鎮は手で握っていても滑らかな味わいが有り、身体・精神の邪気が払拭されるようでもあり、更に紙の肌ともよく調和し最高である。
● 別角度画像 → 裏側上・底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大底面

GK-699 GK-700

玉佩

玉獅子紐印材
● 時代 : 明末〜清時代
● サイズ : 高さ 5.7cm×横 3.8cm×厚み 0.8cm
● 価格 : \

東屋前で遊ぶ2人の童子と、片面は文字刻。
新疆産の良質な黄色玉で造られている。玉の中に三価鉄が増えると黄色玉となる。黄色玉は珍しい。
● 時代 : 明時代早期
● サイズ : 高さ 11.5cm×印面 5.5×4.7cm
● 価格 : \

親獅子の背にしがみつく子獅子を紐とする。玉質は湿潤な良質白玉。大胆な刻と力強い表現は明代工芸品の特色。
和田玉は昨年は価格が数年前に比べ5倍に。羊脂玉優品は1グラムで15000円に。20年前の1万倍と驚く。株・不動産の投資が流れ込んでいることもあろう。
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大

GK-697 GK-698

玉佩

玉象
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 6cm×横 4cm×厚み 0.6cm
● 価格 : \

羅漢を厚肉彫りし、背面は「知足常楽」(足ルを知レバ常ニ楽シ)と蓮実を刻す。和田羊脂白玉。
近時不動産投資金が玉にまで及び、良質白玉の値上がりは激しい。

参照 : GK-668
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4.5cm×横 10cm×厚み 4cm
● 価格 : \

象は蹲り鼻を持ち上げ、鋭い目で凝視する。玉材は白色だが、湿潤化により褐色部が見られる。「太平に象あり」の俗諺があるように、象は太平を意味している。彫琢技術および作風から見て、唐時代の作品。宮廷工房で特別に製作されたものであろう。玲瓏温潤秀麗の玉肌は深い魅力が有る。鎮紙.筆架の用。
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側前後底面拡大

GK-695 GK-696

玉佩

玉佩
● 時代 : 明時代(17世紀)
● サイズ : 高さ 5.2cm×横 3.2cm×厚み 0.9cm
● 価格 : \

片面には獅子と蝙蝠が厚肉彫りされている。米子料といわれる良質新疆ホータン白玉製。

参照 : GK-637
● 時代 : 明時代(17世紀)
● サイズ : 高さ 5cm×横 3cm×厚み 0.6cm
● 価格 : \

正面は獅子、背面は霊芝と蝙蝠の吉祥文様。上部は双龍を透彫りする。

参照 : GK-667
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

GK-693 GK-694

玉鏤空彫座屏

玉蝉
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 27cm×横 22cm×奥行 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

台の左右板は接着され、壁は台に形成された3ヶの突起で嵌まるミニチュア屏風。壁の中央円形部に辟邪を、外周には二頭のち虎を、左右枠は合体する踊俑、下台は二頭のち虎を透彫りする。漢時代に流行した玉舞人は西王母に侍する王女とされた。西方の神山崑崙山に住まい、永遠の不死を司った。不老不死への強烈な希求がうかがえる。白玉が局部褐色化。

参照 : GK-616
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 7.7cm×横 3.2cm×厚み 0.6cm
● 価格 : \

白玉製。
局部白濁斑が見られる。雄輝な漢八刀の技が見事。

参照 : GK-659
● 別角度画像 → 裏側側面分割拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

GK-691 GK-692

玉羊紙鎮

玉象
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 3cm×横 5cm×奥行 5cm
● 価格 : \

親子の羊を細微に削り出す。子羊は局部黒色しており、巧色技法で造られている。「羊」は「祥」に通じる吉祥のモチーフ。
遊牧民族と抗争した中国では、羊の存在は極めて大きい。甲骨文字を残した殷王朝は羊の骨も使っている。神聖視したからであろう。別名が「義獣」 「高山君」。真面目に学び、努力するようにという願いが羊には込められている。
羊に由来する漢字はいい意味のものが多く、「義」「善」「美」「養」も裕福な状態を想像させる。

参照 : GK-617
● 時代 : 商時代(BC16世紀〜1057)
● サイズ : 高さ 5.5cm×横 9cm×奥行 3.5cm
● 価格 : \

商時代には南方のみならず黄河流域にも象が生息していた。文献の中には「殷人は象を服す」という記載があるが、「象を服す」とは象を飼いならして養殖していたことを言う。統治者の間では、象牙製品を所持することが一種の流行になっていたので象牙の需要は大きく、狩猟によって得られる象牙のほかにも養殖された象から取られた象牙も供給されていたし、銅ゆうの銘文の記載によれば象の舞があり、象に踊りの訓練もさせたとある。
玉は自然界の精華として、人と自然界が交わり合うことの出来る霊妙な存在であり、統治階層が玉器を副葬することは礼制度の一部であり、この時代玉は黄金よりも貴重であった。
黄金は富貴な等級を表わすだけであったが、玉を使用するには青銅器同様、厳格な等級制度があり、犯すことは許されなかった。使用する道具は鋸や糸鋸で、解玉砂を媒体とし、水をつけて切断。回転させ磨きをかけ、艶出しには獣皮の袋の中に水を加えた解玉砂を入れて磨きをかけた。一つの品が出来上がるには短くて10日から半月、長くて1年を費やすという状況であった。
新疆ホータン白玉製。全体白濁色化。

参照 : GK-652GK-262DK-466
● 別角度画像 → 裏側側面底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側前後底面拡大

GK-689 GK-690

玉騎象人紙鎮

玉印
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 3cm×横 5.5cm×厚み 5.3cm
● 価格 : \

象の背に猿がしがみつく様を円形の中に上手く纏めている。筆架の用を伴なう紙鎮であろうが、立てて鑑賞する事もできるし、背に開けられた紐通しで佩としても用いられる。
中国の伝統文化の中では象は吉祥の象徴で、太平の盛世のめでたい印だと見られる。人が象に乗る「騎象」の図は「吉祥」の類似音であることから幸運とされているが、「象上猿候」は官僚として出世していくようにとの願いが込められているのであろう。湿潤な肌をしている。玉騎象人の造形は、唐時代遺品に見られる。

参照 : GK-603
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 5.5cm×印面 6.7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

四面台座には獣面瑞雲文が刻され、鈕はち虎を立体彫装飾する。白玉が局部白濁色化。

参照 : GK-653
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面印面拡大

GK-687 GK-688

龍文玉杯

玉馬紙鎮
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 4.5cm×横 10cm×奥行 4.8cm
● 価格 : \

二体の龍が口縁部を噛む楕円形杯。青玉が全体暗褐色化。

参照 : GK-662
● 時代 : 明時代(17世紀)
● サイズ : 高さ 3.1cm×横 5cm×奥行 4cm
● 価格 : \

二頭の馬が憩う。新疆ホータン白玉製。「明窓浄机」の文房具としての玉製品は、特に愛玩された。鎮・筆架の用を兼ねる明代まで、宮廷では馬を祭る四季の式典があった。春の馬祖祭・夏の先牧祭・秋の馬社祭・冬の馬歩祭で、四つを総称して馬神祭と称したのは古代王朝の周の儀礼を集めた「周礼」に基づくとされる。
● 別角度画像 → 裏側側面内側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側底部拡大

GK-685 GK-686

緑松石太陽神

緑松石太陽神
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 6.3cm×横 3cm×厚み 1cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。

参照 : GK-583
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 6cm×横 2.8cm×厚み 1.8cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。

参照 : GK-583
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

GK-683 GK-684

玉杯一対

玉龍頭簪
● 時代 : 清時代(20世紀)
● サイズ : 高さ 4.5cm×口径 5.7cm
● 価格 : \ 25,000

白濁の斑が広がる薄緑色玉(蛇紋石)を薄く削り出している。甘粛省の酒泉が主要産地。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 21cm×横 2.7cm×厚み 0.7cm
● 価格 : \

簪の先端は龍頭、棒部は捩り形状で、上部は透彫りとしている。このような簪を用いたの女性は、かなり身分の高い階層に属していたと考えられ、頭に冠を被り、髪には簪を挿していた。当時簪がファッションの一部になっていたことがわかる。白玉が局部褐色化。中央部で折損。

参照 : GK-633
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GK-681 GK-682

玉蝉

玉太陽神
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ .3cm×横 4.3cm×厚さ 1.7cm
● 価格 : \ 130,000

紅山文化。
昆虫顔をし、手を膝に置き屈む人物の背上には、目の飛び出た蝉が乗る紅山文化特有の複合形状。湿潤により、青玉が局部茶褐色化。

参照 : GK-252GK-675
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 14cm×横 5.5cm×奥行 3cm
● 価格 : \

紅山文化。
顎前に腕を組み膝上に乗せ、頭上には前後に切り込みのある長い冠、両端から上に突出る耳を持ち、昆虫顔をした太陽神。背部は冠部・腰部・尻部に斜刻線が施される。白玉が局部褐色化。精微・均整とれた造形。

参照 : GK-604GK-586GK-428
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面底部拡大

GK-679 GK-680

透彫出廊玉壁

透彫玉壁連結環
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 29cm×横 19cm×厚み 1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

大壁の上部には双龍で支えられた小壁が装飾される。大壁は三区に別けられ、外周部には相対する4組の双鳳文、中央部には4個の獣面が陽刻、間部は瑞雲文が透彫り、小壁には2組の双鳳文が陽刻される。刻は深く鋭利。
青玉が局部白濁化。

参照 : GK-598
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 30(伸長時 44)cm×横 19.8cm×厚み 1.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

円環の上部には双鳳凰と踊人物が透彫り装飾され、円環内には壁が納まる構造。壁は瑞雲文が刻され、その内にはち龍を浮彫りした円環と中央にはち龍を透彫りした小円環を嵌め込む。二つの円環はち龍の頭・尻尾部3ヶの突出により支えられ回転する。
さらに大円環の下部には玉心棒を通し、壁と一体となる獣面部に繋がり回転することにより吊下げとなる。円環は全体内刳りとし、表面は瑞雲を刻し、銀線を象嵌する。玉器製作には、鋸による裁断・研磨・穴開け・彫刻・艶出しなどの複雑な工程を経る必要があるり、一つの玉器を作るのに少なくとも10日から半月、長ければ年単位の時間が掛かったといわれる。「詩経」の「切するが如く、磋するが如く、琢するが如く、磨するが如く」という詩句は、およそこの時代の玉器製作技術の複雑さと困難さを反映している。朱砂が全体にまぶされていた痕跡が残る。類品を見ない富家の品。
公式には漢使がウテンから玉を持ち帰って武帝に献上したというが、民間ではもっと早くから交易という形でホータン玉が中原に入っていたのは殷虚の玉器が崑崙の玉であることからも知れる。

参照 : GK-353GK-316
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面伸長拡大

GK-677 GK-678

玉剣

出廊玉壁
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 58cm×横 8.5cm×厚み 2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

玉塊から削り出された埋葬剣。剣首上には鳳凰、剣格部は中央に獣面、左右にはち虎を透彫りする。湿潤の光を持つ。青玉が局部白濁化。

参照 : GK-300
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 29cm×横 20cm×厚み 1.8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

大壁の上部には双龍で支えられた小壁が装飾される。大壁の中には回転する壁が嵌め込まれている。大壁の外周と小壁の外周には文字が刻され、回転壁は3匹のち龍の尻尾が支えとなり回転する。青玉が局部褐色化。中国人が愛した宝石はきらきら光るものではなく、潤いのある、落ち着いた、暖か味のある玉であった。古来それは奇しき霊力が有るとされた。「清明の玉気は能く神と通ず」といわれ、玉は人間と霊界とを媒介するものとされていた。壁は玉器の中で最も地位が高く、鼎に次ぐものとされた。

参照 : GK-598
● 別角度画像 → 裏側剣先拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

GK-675 GK-676

玉龍形器

玉鳳紋尊
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 24.5cm×横 13cm×厚み 4.5cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
羊状の角、蝉状の羽を持ち顎鬚を持つ龍。紅山文化の玉器は大多数が装飾品であるが、本品等は単なる装飾から超越しており、原始信仰・トーテム信仰などと結びつく道を歩んでいたのであろう。
この龍は紅山人にとって龍神を祭祀し、風雨を祈祷する神玉であった。室内外に掛けて雨を祈ったと考えられている。紅山文化の玉器はほとんど墓から出土する。「玉だけを副葬する」現象は紅山文化に特徴的な埋葬習俗。
● 時代 : 商時代(BC16世紀〜1057)
● サイズ : 高さ 8cm×横 11.5cm×奥行 5cm
● 価格 : \

GK-319 と一対出土。
滑らかで艶があることから白玉は羊脂に譬えられている。げんに玉の高級品には「脂玉」という名が付けられている。
西へ行くのは絹、西から来るのは玉という時代は、私達が想像するよりもずっと古くからあったであろう。地下の古墓からその証拠は続々と出てきている。
玉器は中国古代文化の中でも特に魅力的な分野であり、中華民族の道徳・行動・審美文化と深く結びついた芸術形態でもある。玉器に対する古代人の崇拝は、玉器が持つ玉質・光沢・効能などに関係する。古来人々は玉器を身につけ、室内に飾り、贈答品として用い、儀礼に使用した。玉器と人々の生活は密接な関係にあり、今なお中国人は玉器を愛し、崇め、身につけている。

参照 : DK-542
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GK-673 GK-674

玉腕輪一対

玉印
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 1cm×外径 8.5cm×内径 6.5cm
● 価格 : \ 80,000

局部白濁色化。腕輪はショクという。

参照 : GK-395
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3.5cm×横 2.3cm×厚み 2.3cm
● 価格 : \

膝を抱えて座る熊を紐とする稀品。印面は「英」。

参照 : GK-459
● 別角度画像 → 側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側前・側面印面拡大

GK-671 GK-672

龍形玉器

玉龍形器
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 24.5cm×横 27.5cm×厚み 2.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
中国古代の礼器で最も尊重されたのが玉器である。艶やかな美しさを持つ玉は装身具としての利用にはじまり、やがて神祭りに用いる祭玉が生み出される。美しく賞でられる黄玉製であり、局部褐色化。
長い鬣・眼・鼻頭など鋭利・厳しい刻で作られた大型品。出来て100年経った品には魂が宿るというが、5000年余を超す有霊が感じられるといえよう。玩物喪志という言葉もあるが、器物ほど人をして玩弄の世界へ引き込むものはない。玩も弄も玉に関連のある字である。中国人の自然信仰は何れも玉器からきている。香港著名玉収蔵家旧蔵品。

参照 : GK-484GK-427
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 14.5cm×横 10cm×厚み 2.5cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
C字形の猪龍。紅山文化を代表する玉器。新石器時代万期の紅山文化玉器と良渚文化の玉器は、新石器時代の玉器の最高の水準を示している。
1930年代に日本人により組織された”東亜考古学会”が中国内蒙古自治区赤峰市紅山後遺跡の発掘調査を行い、ここで紅山文化が発見された。これらの玉器は中小墓からの出土がほとんど。局部白濁化。

参照 : GK-241
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

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