| ● 時代 |
: 新石器時代 |
| ● サイズ |
: 高さ 2.5cm×横 2.5cm×厚み 1cm |
| ● 価格 |
: \ 問い合わせ |
薄緑色の美玉で作られている。左右耳朶に挟むための穴の穿ち方が相違する。玉の最古の例とされているのが玉ケツであり、初期の玉器は主に装身具や小型の工具として用いられた。玉器作りの専門工人も出現していたと推測される。8000年前の興隆窪文化の玉ケツを考古学者は「中華最古の玉器」と呼ぶ。大陸と日本列島との文化交流を示す典型的なものがケツで、日本の縄文時代では早期末から出現し前期から中期にかけていくつかのバリエーションがみられる。玉装飾品が人格化されていくなかで 「ケツ」 が 「決」 と同音であることから(決断)を表すものとされた。
劉邦と項羽の鴻門の会の時、項羽の軍帥范増が「佩する所の玉ケツを挙げ以て之に示すこと三たびす」の事例として有名。
参照 : GK-569
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| ● 時代 |
: 唐時代 |
| ● サイズ |
: 高さ 7cm×横 14.5cm×奥行 5.5cm |
| ● 価格 |
: \  |
白縞模様のある赤瑪瑙で水牛首形杯とし、口部には鍍金された帯を嵌めている。帯には突出させた珊瑚・オニックスを4箇所嵌め込み、鳥唐草文・魚子文を稠密に打ち出す。本来犀や牛など角製の杯に源を持つ。すなわちリュトン。角の表現は羚羊などに近く、手本にしたのが草原伝来のリュトンであったのかもしれない。
皇族ないしその周辺など最上流階層の間で用いられていたものと推測される。異国趣味に満ちた華麗なものであり、盛唐らしい隙のない作風が快い。同形状作品が1970年陝西省西安市南部にある何家村の窖蔵から発見されており、この作品は世界的に知られる著名品。角杯は中国では戦国時代頃から青銅製・玉製の作例があるが、その伝統は一度途絶え、唐時代の角杯は西方からの新たな刺激によって再度作られ始めた。隋唐の玉器にあっては白玉が用いられる場合が多く、瑪瑙は稀少。貴族等が見せびらかすための観賞用品であったのだろう。東ローマの影響を受けた作品。
西安玉収蔵家秘蔵品。長年の懇請により入手。
参照本 : 宮廷の栄華・唐の女帝 則天武后とその時代展 |