P29 P28 P27 P26 P25 P24 P23 |P22 P21
P20 P19 P18 P17 P16 P15 P14 P13 P12 P11 P10 P09 P08 P07 P06 P05 P04 P03 P02 P01
GK-593 GK-594

翡翠玉

玉辟邪尊
● 時代 : 清朝時代(18世紀)
● サイズ : 径 1.3cm
● 価格 : \

首飾り、腕輪に使用された。
参照 : GK-420
● 時代 : 商晩期(紀元前14世紀〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 11.5cm×横 16.5cm×奥行 5.5cm
● 価格 : \

威風堂々と歩く辟邪の背に2匹の子が乗る蓋が付く。身部は獣面と鳳凰文・勾雲文を、地は雷文で蓋部は鳳凰文と勾雲文で地は雷文で埋めている。白玉が白濁色化。

参照 : GK-319

● 別角度画像 → 拡大 ● 別角度画像 → 裏側|前後上部底面

GK-591 GK-592

玉龍形器

玉剣
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 22cm×横 13.5cm×厚み 5.5cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
大型品。青玉が風化により局部白濁化。この龍は紅山人にとって龍神を祭祀し雨風を祈祷する神玉であった。大型品は室内外にかけて雨を祈ったと考えられる。哺乳類の胎児をテーマとしたもので、変化していく生命力を強調したのではないかと現在は考えられている。
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 長さ 54.5cm×横 7cm×幅 5.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

GK-300 と同墓出土。祭祀用具。
● 別角度画像 → 裏側|本体拡大 ● 別角度画像 → 裏側分割拡大1拡大2

GK-589 GK-590

玉神人紋多節j

玉じこう
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 34.2cm×胴径 8.2cm×口径 5.1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

良渚文化。
方柱に丸い孔が穿たれ、上下2段の上面に神眼、下面には獣面文が刻され両方が組み合わされて一組の神像となる。10節からなるj。玉jは最高権力者だけが持つ重要な祭器。しかしどのように用いられてたかについてはいまだ謎が多く、神の宿る場所とされ、宗教儀礼に用いたと想像されるが確かなことはわからない。孔に何かを差し込んで立てるのに用いたとする説もある。
金属製の刃物がまだ存在しなかったこの時代に、硬い玉をここまで加工するには相当の労力を要したであろう。玉の塊を打ち割った後は、砥石や磨き砂をつけた木や竹・革などを用いて文字通り気長に磨いていくほかなかったであろう。細かい紋様を刻み付けるのには石英やサメの歯・ダイヤモンドなどを用いたとする説がある。
獣面は当時の人々が信じた神の顔を表わしている。玉質は褐色斑で美しく、風化による変化・磨耗も少なく良好な状況を保っている。良渚文化晩期は多数の節目を持った高い玉jが流行した。jは大型墓に限って副葬されたことから、単なる飾りでなく当時の有力社会層の権威や権力を象徴する玉器であったと知れる。
現在知られる限りで最大のjは北京故宮博物館院蔵、19段の節からなる高さ49.7cmが最大。
良渚文化の社会には玉器の製作を掌握した権力者が存在し、各地の首長層へと玉器が分配されたと推測される。

参照 : GK-309
● 時代 : 商晩期(紀元前14世紀〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 10cm×横 12cm×奥行 5cm
● 価格 : \

「じこう」 とは把手と注ぎ口を持つ身に、獣の頭をあしらった蓋が付く容器をいう。商時代後期から西周時代前期にかけて作られた。中国古代青銅器の中では数は少なく、造形と装飾に優れたものが多く、身分が特に高い人物が持つことが出来た格の高い青銅器であり、酒を蓄え注ぐのに勺と共に用いられた。
蓋の頂部は虎頭で、地は雷文で埋め、身部は後半が鴟きょう、つまりミミズクの紋様になっている。蓋の一端に有る大きな虎の頭はすぐ下の身に表わされた胴体・四足・尾へとつながり蓋のもう一方の端に表わされたミミズクの頭の下には鳥の翼と両足がある。把手には上に牛の頭が付けられている。
じこうや鴟きょう尊のような青銅器には、主となる紋様のほかに小さな動物などがここかしこに表わされていることが多いが、この器にも虎とミミズクのほかに何匹もの動物が見える。硬白玉上、稠密細微な刻は驚くものがある。局部水銀泌化は古玉鑑賞家の愛でる状況。
把手の下部折損。

参照 : GK-319
参照本 : Early Dynastic China Works of Art From Shang to Song       1966 JJLALLY &Co. NEWYORK
● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側前後内側外側

GK-587 GK-588

玉筆添

玉人頭像
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 1.5cm×径 13.5cm
● 価格 : \

菱花口とした盤上に火焔珠を追う龍を厚肉彫、髭部は透彫りする。細微な刻で、透ける薄さまで盤を削りこんでいる。
筆添は筆を按配するものであり、主に画を描くときに用いた絵具皿みたいなもの。したがって筆洗より浅く作られている。青玉製。
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 高さ 17cm×横 16cm×奥行 11cm
● 価格 : \ 問い合わせ

口をしっかり結び、吊り上がったアーモンド形の目・太い眉毛・大きな耳を持つ。
青玉が全体風化による褐色。

参照 : GK-519
● 別角度画像 → 裏側|側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大底面

GK-585 GK-586

玉j

玉太陽神
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 4.7cm×横 7.5cm×口径 6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

良渚文化 中期。
約4900〜4500年前の作品。玉jは腕輪から変化した礼器。外壁には細筋文と大眼面紋が彫られている。大眼文は「神霊動物」を象徴している。
頂部から見ると壁は若干弧を描いており、腕輪の原形を留めている。玉jはもともと長江下流域で発達したが、この文様は中国新石器時代の黄河下流域で栄えた大もん口文化の土器にしばしば見られ、異なる文化の要素が混在している。良渚玉器独特の艶やかな美しい鳩骨白に全体が変化。細工も極めて鋭利な佳品。玉器が祭祀の中核を担う道具として確立されると共に、威信財として極めて重要な役割を果たしていた。
香港著名玉収蔵家愛蔵品懇請譲受。

参照 : GK-508GK-408
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 15.5cm×横 6cm×厚み 4cm
● 価格 : \

紅山文化。
頭上に突出した被り物・左右に延びた耳・豆状の眼を持ち、膝に手を添え屈む太陽神。青玉が局部黒化。

参照 : GK-523
● 別角度画像 → 裏側上部拡大頂部 ● 別角度画像 →裏側側面|底面拡大

GK-583 GK-584

緑松石太陽神

緑松石鷹形佩
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 5.7cm×横 2.7cm×厚み 1.3cm
● 価格 : \

紅山文化。(BC4000〜BC3000)

参照 : GK-570
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 7.5cm×横 7.5cm×厚み 1.5cm
● 価格 : \

紅山文化。(BC4000〜BC3000)

参照 : GK-503
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GK-581 GK-582

玉双璧

玉印
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 30cm×横 15.5cm×厚み 1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

上下の瑞雲で繋がれた2つの壁。上には13匹のち龍が陽刻される。壁の側縁と内孔縁・瑞雲・ち龍には金が塗られ、壁空間には点銀が施される。裏面は壁面上相向かう2匹のち龍・2本の側縁帯・瑞雲は金で空間は銀点で装飾する類品を見ない華麗な作品。玉上に金を塗る作品(参照:GK-198、GK-140、GK-111)は稀少であり、皇家の品。土中鉄銹が付く。
玉器は中国文化の中でも特に魅力的な分野であり、中華民族の道徳・行動・審美文化と深く結びついた芸術形態でもある。古来人々は玉器を身に付け、室内に飾り、贈答品として用い、儀礼に使用した。玉器と人々の生活は密接な関係にあり、今なお中国人は玉器を愛し・崇め・身に付けている。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 13cm×横15cm×14cm、印面14cm×13cm
● 価格 : \

四囲にはち虎文が陽刻された台座上、台上から食み出す状態で力強く踏ん張る瑞獣を一塊の玉から削り出す大型印。青玉が風化により局部褐色化して美しい。
西安著名玉収蔵家旧蔵品。

参照 : GK-385
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面台座拡大印面

GK-579 GK-580

玉馬

玉犀
● 時代 : 商代晩期(BC14〜11)
● サイズ : 高さ 4cm×横 7cm×厚み 11cm
● 価格 : \ 問い合わせ

臣字眼をし、体表には鳥・雲紋が刻される。穴は尻尾に穿たれる(或いはロバかもしれない)。
青玉が風化により白濁化。
● 時代 : 商代晩期(BC14〜11)
● サイズ : 高さ 3.4cm×横 6.5cm×厚み 2.1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

GK-279 と一対。
● 別角度画像 → 裏側後部底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側後部底面拡大

GK-577 GK-578

玉太陽神

玉猪
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 13cm×横 3.7cm×厚み 3.5cm
● 価格 : \

紅山文化。
ヒザを揃え手を置き、頭上に伸びる長い冠を付ける。冠には円孔を施した3連突起、後には上方へ伸びる突起が装飾される。背には斜線を刻し、長いアーモンド形状の目・口・手・足指には刻みを施す。
青玉製、局部褐色化。

参照 : GK-454
● 時代 : 商代晩期(BC14〜11)
● サイズ : 高さ 3.3cm×横 5.1cm×厚み 2.1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

猪の家畜化は中国では5000年前既に始まっていたという。古くは魔除けの力があるとされ、家畜化が進むにつれて財産としての価値が高まった。体表には雲紋が刻される。背中央より貫通する穴が穿たれる。
● 別角度画像 → 後・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側後部底面拡大

GK-575 GK-576

玉j

緑松石龍形器
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 5.5cm×径 5.5cm
● 価格 : \

良渚文化(BC3000〜BC2000)。
円筒形の3ヶ所に一段高く長方形枠を取り、上下2段に目と口だけの神面と周囲を文様帯で縁取りした獣面と、四本の弦紋を刻す。黄玉が風化により局部暗褐色・白濁色となり、極めて美しい変化をしている。新石器時代晩期の紅山文化の玉器と良渚文化の玉器は新石器時代玉器の最高水準を示している。1000年余続いた長江下流域の良渚文化において、玉器の発達は頂点をむかえた。

参照 : GK-510
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 7.7cm×横 6.5cm×厚さ 3cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
C字形に身を曲げた動物を表わしている。耳は大きく立ち、目は卵形で鼻は突出て皺があり、鼻の穴は横に細長い。中国の学者は「猪龍」と呼んでいる。現代中国の「猪」は豚を意味するから豚のような顔をした龍という意味。ここから進んで龍は豚から変化したと主張する学者もいる。特殊な地位にあったものが身に付けたものと考えられている。緑松石大型品は稀少。

参照 : GK-547

● 別角度画像 → 裏・側面筒面拡大 ● 別角度画像 → 裏側底面拡大

GK-573 GK-574

鏤空彫玉板

玉印章
● 時代 : 元〜明時代
● サイズ : 高さ 16.4cm×横 8.1cm×厚み 1cm
● 価格 : \

肉厚の白玉板に2人の唐子と蝙蝠・瑞鳥・獅子を、空間は蓮花唐草文を細微な鏤空彫とする。裏側は一段下げた手間をかける彫り、直線的な鋭利な削り出しに明代の巧みな玉彫技術が見られる。卓上の小屏風(挿屏・卓屏・研屏)としての用にされたもの。
中国では1980年代からの「一人っ子政策」により都市部で子沢山の家族を見ることは難しくなったが、子供が多いことは良い事だというのが中国の根強い生活観であり、「多子多福」という言葉に集約できる。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 1.6cm×印面 2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

白玉製。覆斗鈕。白文。
印面は「亭成杏印」。前後両漢の官印は種々の制限を受けるので変化が少なく、且つ単調である。その点、私印は文字や排列の制限を受けることが無く楽しめる。

参照 : GK-529GK-445
● 別角度画像 → 裏側本体拡大 ● 別角度画像 → 裏側底面拡大

GK-571 GK-572

緑松石鳥

玉灯
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3.2cm×横 3.1cm×奥行 3.2cm
● 価格 : \ 130,000

遊泳する水鳥の一瞬の表情を適確に捉え、羽や足等も細微な刻をしている。穴は穿たれていない。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 14cm×横 12cm× 9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

寝そべる虎の背に灯柱を立て、側面にち虎と削り出した灯盤を組合せ3つの玉材を接合する。灯盤中央には五弁花を浮彫り、ち虎の間は巻雲紋、取手部にも刻紋、灯柱下部にも巻雲紋が刻される。
灯火器の遺品は戦国時代になって増え、工夫を凝らした多様な灯火器が主として青銅・陶で造られたが、玉製は稀少。
蝋燭の発明までにはまだ数百年を待たねばならず、灯盤に獣脂を置き、竹の砕片を縛ったもの・獣毛を捻じったものを灯芯に燃やして灯を得ている。玉灯は故宮博物院蔵作品が唯一見つかっている戦国時代作品といわれているが、ここに一つ新資料。灯柱中央部折損。

参照 : DK-097DK-185
参照本: 中国美術全集 H 玉器
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GK-569 GK-570

玉柱形ケツ対

緑松石太陽神
● 時代 : 新石器時代(紀元前5000年頃)
● サイズ : 高さ 3cm×横 3cm×奥行 2.1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

ケツは耳飾り。今から7000年前の時代と考えられる。浙江省杭州湾南岸の寧紹平原に広がる河姆渡文化の遺跡から、管・珠・コウなどと共に発見されている。その中でもコウとケツは極めて特色の有る種類の玉飾で、のちの時代に広範に流行することとなる。肉厚な青玉製で局部白波状・白濁化。耳朶に挟むのに都合いいよううに切れ目は波型に入れられている。当時、耳飾をつける習慣があったことは出土玉人からも知られる。
今も盛んな中国の玉彫り工芸の原点の作品として貴重資料。日本の新石器時代墓からも王ケツ、及び石製・金属製のケツは発見されており、その形や用途は中国と同じであり、中国の東南海岸から日本に伝えられたと見られており、このあたりの関係が日中両国の考古学会でも大きな関心を集めている。輪の欠けた部分から耳に通しぶら下げた(使用イメージ)。

参照 : GK-611
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 3.8cm×横 2cm× 1cm
● 価格 : \

紅山文化。
緑松石製太陽神は稀少。
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

GK-567 GK-568

玉蝉形がん

玉龍首下げ壁飾
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 6.7cm×横 3.2cm×厚さ 0.8cm
● 価格 : \

ホータン産玉、局部褐色化。断面は楕円形の肉厚棗実形。鼻腔の間の孔は穿たれず、含としての用。質朴だが、形態は真に迫っている。
玉がんは新石器時代には出現し、その後前漢・後漢・魏・晋・南北朝時代に盛んに作られるようになった。古代、蝉は泥土から生まれ、清潔で汚れを知らず、露を飲んで生きると考えられていた。そこからがん蝉を死者の口の中に入れ、もう一度生き返って来世を廉潔に生きられるようにと願う慣習が生まれた。

参照 : GK-493GK-460
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 15.3cm×横 7.5cm×厚さ 1.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

幾分凸面の龍首体表には、ち虎を細微透陽刻。足部から雲粒文壁が下がる一体彫り(一塊の玉材から作られたもの)。ホータン産青玉が局部褐色・白濁色化。湿潤による変化を楽しむ古代玉の魅力が堪能できる。一塊の玉材から可動環を透かし彫りした器物は戦国早期の曾甲乙墓、南越王墓からも見つかっているが、玉器全体から見れば非常に少ない。佳作といえよう。

参照 : GK-361
● 別角度画像 → 裏側|側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側拡大1|拡大2

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   e-mail : info@antiques-oota.com