海獣葡萄鏡は唐代の典型的な銅鏡であり、唐代に出現した鏡群のうち、特に大きなウェイトを占めるもの。その装飾意匠は唐文化と西域文化の融合したもので、日本・ソ連・朝鮮からも同様の葡萄文鏡が出土しており、唐代の内外交流の左証となっている、鏡の鈕は獅子形で、内区の葡萄の枝間には7匹の海獣が配され、外区の葡萄の枝間には小鳥と疾駆する小動物の類が配されている。鏡縁部には蔓草文が巡らされている。
鏡の文飾は半浮彫の技法が用いられ、鏡身は厚く銅質は優良。鍍金は美しく、大きさ・重量とも恐らく知られる同類鏡では最大の部に属すと思われる。怪獣葡萄鏡は中国では初唐後期から盛唐期にかけての墓葬から頻出し、日本でも明日香村の高松塚古墳や天理市の杣ノ内火葬墓など、終末期の古墳以降の出土例があり、正倉院・春日大社などに伝世品も数多く見られる。
揚州は当時の銅鏡鋳造の中心地の一つであり、また唐朝に献上する鏡の主要な産地でもあった揚州の銅鏡は朝廷の皇族に大変喜ばれ、重要な貢物となっただけでなく、民間においても広く賞賛されたことが文献にもよく見受けられる。揚州にはもともと発達した官営の銅鉱業があったことが揚州の銅鏡の製造業の発展を促した。径37cm・重量8kgの巨大さは、類品を見ない。西安著名収蔵家長年月秘蔵品。
参照 : DK-370 |