1980年始皇帝陵から4頭立ての2両の銅馬車が発見された。ともに青銅製の2輪車で、御者や馬には彩色が施され車の中はカラフルな絵がびっしりと描かれていた。長さは先導車の1号車が2.25メートル、後方の2号車が3.17メートル、どちらも実物の馬車の2分の1の精巧な模型であった。本品は2号車の形式で安車といわれるもの。
上部が楕円形、下部が四角形となり車体の前に御者が座り、後は主人が乗るところ。屋根は長方楕円形の覆いになっており、古代の観念によれば円形の車の屋根は天を、ボックス型の席は地を象徴し、スポークを持つ車輪は日月の光を象徴するもので、この安車のデザインはこうした「天は丸く地は方」という観念に完全に合致している。車体と馬とは湾曲した金具で轅に繋がり、轅横木には中央2頭分の押さえが付けられている。両端の2頭は頭に面繋いが付けられ、馬は、馬銜から馭者の両手にと繋がる鎖が取り付けられる。後方には扉上部に「安車」と描かれた文字が鋳出されている。屋根は亀の甲形であり、斜線文が施され周囲には飾り物を取り付けたであろう金具が施されていいる。
安車は始皇帝の専用車(またの名をおんりょう車)で秦王朝最高級の馬車であった。始皇帝は5度目の巡幸の途中、沙丘の平台で死亡し、丞相の李斯は遺体をこの車の中に安置して秘密裡に都へ運んだ。全神経を車馬を操ることに集中している表情をはじめ、全体・正確・詳細に造られている。 |