全体を六区画に分け、それぞれに密な銀錯を施す。最上段の双龍文と交互に狩猟文を口縁下と肩部と、高台部には鳥文を施す。狩猟文は弓を持つ人物・弓と戈を持ち腰に剣を差し、子供を従える人物・戈を構える人物が意匠され、蓋は四葉文が鋳出され縁周りは銀錯が施される。左右には獣面が付く。
錯は中国では精密な鋳造技法と鋼鉄製の工具の発明とが相まって春秋中期に始まる。一般に青銅器に錯を施す場合には予め文様となる部分を凹溝となるように鋳造し、型から取り外した後に鋼鉄の鏨や鑿で溝の横断面が台形となるように調整する。ここに金・銀・銅の薄板や針金を打ち込み、砥石か木炭の木口で研ぎ出して完成する。錯の他にラピスラズリーやトルコ石を象嵌することもあり、これらが精緻な戦国時代の青銅器を一層華麗なものにしている。
壺は据え置いて酒や水を蓄える器で、春秋戦国期に表われた器形であり器形全体が流れるような曲線で、胴部に3〜4本の界圏が巡らされるのがこの式の特徴。やがてくびれのきつい漢時代の鐘につながる戦国時代から漢にかけての重要な器形の一つ。単位文様の反復装飾が多い中、狩猟文は稀少。銀錯が艶ややに輝き美しく優品である。青銅器は製造技術が複雑で生産コストが高く価格も高いため、王族や貴族に独占され、宮殿に秘蔵される工芸品であった。
射は士の階層の人々が広く訓練した技芸のひとつであり、これは貴族が矢を射る練習をしている場面。
参照 : DK-224 |