前漢時代の主要な器形の一つ。縁・褐釉陶や彩画陶としても盛んに作られた。従来鏡などの粧具類を収める容器、「れん」と呼ばれた器形であるが、同種の器の銘文により、このような器が「温酒尊」(樽)と呼ばれたことが知られ、元来は酒を温めるための器であった。三足は火にかけるために付けられたものであり、その小ささからすれば炭火を入れた炉が用いられたのであろう。客に供する時は火から下ろし、承盤にのせて出され、勺が添えられた。その様子は画像石などの描写にも見受けられる。酒ばかりでなく、羹を容れて供されることもあった。
漢代の鍍金は金・銀アマルガムが用いられ、金のみを塗る場合、銀を下地としてその上に金を塗る場合、更に金銀アマルガムを用いて文様を描く場合があり、この尊の外側には先ず鏨による点線で雲気文と魚文を表わし、その上に銀を全面に塗り、更に必要部分のみを残して金を塗って仕上げるという方法がとられている。胴両側には遊環付きの鬼面が、蓋部にも四葉文上に遊環が付けられている。胴部は三段の帯、蓋部には二重圏の帯が鍍金され、鍍金銀という装飾法が華麗な効果を上げている。相当貴族の備品であったと知れる。
近時洛陽郊外墓出土であり、土錆に被われた状態で収蔵。除去を進めるうちに美しい状態があらわれた。大きな承盤が添う出土例もある。
※羹とは五味で調味した肉類、あるいは野菜のスープ。
DK-195 ・ DK-196 ・ DK-069 と同墓より出土。 |