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▼ DK-564 ▼ DK-565

銀鍍金透彫獣脚燻炉

月宮図銅鏡
● 時代

: 唐時代

● サイズ : 高さ 12.5cm×横 11cm×奥行 11cm
● 価格 : \

銀板を板金で成型し、模様の部分は鍍金された爐蓋・爐身からなる。蓋部 爐棚の縁は鳥・瑞雲・蓋鈕は蓮華形、高く隆起した側部は4ヶの双鳥を刻し、蓮弁部に添って6ヶ所の細い刻みが穴けられ、ここから香りがたゆとう。爐身は花唐草が刻され、5ヶの獣脚間5ヵ所に盛り籠形状の薄板が下げられ、揺れる構造。
法門寺からの類品出土品が知られ、唐貴族の華麗な生活が偲ばれる佳品。

参照 : DK-100
● 時代

: 唐時代

● サイズ : 径 18.5cm×厚さ 1cm、重量 600g
● 価格 : \

右には枝をはる月桂樹、樹下にはヒキガエル(蟾蜍)が、左には衣を翻した天女が「大吉」の札を持ち、下には薬臼を搗く月兔が、鈕下には「水」字が見える。この天女は西王母の不死の薬を盗んで月に逃げて蟾蜍となった嫦娥とも言われ、蟾蜍は月の異称でもある。月にまつわる図柄を集大成した文様。民間の故事が鏡の文様となることは唐も最盛期を過ぎる頃から屡認められるようになる。これに呼応して、鏡背の文様も全てを一方向からのみ見るスタイルのものに変化して行き、文様が絵画表現的なものに変質していく契機を齎すこととなった。

参照 : DK-077
参照本 : 創業120周年記念 中国古鏡展 村上英二コレクション
● 別角度画像 → 裏・側面拡大蓋部内側底面 ● 別角度画像 → 拡大裏面側面

▼ DK-562 ▼ DK-563

銅鉞

銀鍍金貼玻瑠象嵌獣紋八稜鏡
● 時代

: 商時代(前13〜前11世紀)

● サイズ : 高さ 20.8cm×横 21cm×奥行 0.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

権力の象徴とみなされ、王や貴族の墓に副葬された。埋納状況により、美しく全体褐色化。

参照 : DK-540
● 時代

: 唐時代

● サイズ : 径 11.2cm×厚さ 1cm、重量 300g
● 価格 : \ 問い合わせ

円鈕の回りを3体の獅子・1体の獣・花唐草文で装飾する銀鍍金板を嵌め込み、鈕の周囲線と唐草文の間に緑・赤玻瑠を埋め込む宝飾背鏡。獣は打出し、花唐草細線の地は微細金粒で埋めている。
唐代、黄金白銀の産地と生産が増加した。全国で金・銀を朝廷に上納した州府は70ヶ所余にも達していた。これらは金銀製造業の発展を大きく促進し、豊かで美しい工芸品たらしめた。

参照 : DK-506
● 別角度画像 → 裏面拡大側面 ● 別角度画像 → 裏面拡大側面

▼ DK-560 ▼ DK-561

銀鍍金双鳥瑞獣文貝型盒

金銅仏坐像
● 時代

: 唐時代(7世紀)

● サイズ : 高さ 4cm×横 7.5cm×奥行 6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

薄銀板を打ち出した蛤型女性用化粧具。合わせ目で連接して開閉できる。両面とも細微な魚子地上、葡萄唐草文・鳥・瑞獣を打ち出しで表し、動物と合わせ目・帯状部・蝶番は鍍金を施している。
整形法や鏨使いには極めて高度な技量が示され、鍍金の金色と地金の銀色との巧みな使い分けによって、華やかな色彩効果を演出していることなど、唐時代(618〜907年)も比較的早い段階の作品。金銀器を製造する中心地は長安に在り、生産された品は主として宮廷で使用された。葡萄文は紀元前6世紀から地中海一帯で流行していた。シルクロードの開発により、葡萄文は北朝期に中原に伝わった。用途は練り薬を容れたり、脂粉を容れてれん奩中に納めた女性用用具。

参照 : DK-193DK-222
● 時代

: 明・永楽時代(1403〜1425)

● サイズ : 高さ 27cm×横 19.5cm×奥行 13.5cm
● 価格 : \

厚い鍍金、依紋の緻密な陽・線刻の装飾はさすが官製の作り。
台座上手前に「大明永楽年施」刻銘。
現在、清朝官窯色絵磁器とともに中国富裕層が最も欲しがる作品。明確に永楽時代を特定できる品は稀少、極めて高価。(中国富裕層が生れる10年余前と比べ、市場価は200〜300倍程にも値上がりした。)
● 別角度画像 → 側面裏側内側外側拡大 ● 別角度画像 → 側面裏面顔部底面銘文

▼ DK-558 ▼ DK-559

青銅金銀錯緑松石嵌剣

青銅鍍金楽人
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 67cm×剣身巾 4.3cm
● 価格 : \

獣面が大きく形成された剣格の眼には緑松石が嵌め込まれ、剣首にも獣面が装飾。握部を始めとする地は密な金銀錯で埋められ、剣身は瑞雲が銀錯される華麗さは殺傷武器でありながら、儀杖用であろう。武器は死者を鎮魂する道具でもあり、死者とともに埋葬された。文献には秦人は戦いで鉄製の武器を大量に使用したとあるが、始皇帝陵兵馬俑坑から出土するのは全て青銅器である。これは恐らく青銅の武器が精巧に作られ美しく輝いていた為、儀杖や侍衛の使用に適したからであろう。
春秋末期の越王勾践の銅剣があ2千数百年を経て出土した時、銹一つ無かったことで人々を驚かせたものであるが、合金の技術・外面を鍍錫する方法の開発は見事なものである。当時の剣の鋳造の先進技術であることがわかる。戦国時代、軍事の後方業務が戦争の勝敗にかかわる重要な要素になったため、各国は次から次へと武器庫を設立して武器を管理した。「○在庫」と銘文があったりすることから、当時の武器が種類別に倉庫に入れられて管理されていたことが実証できる。

参照 : DK-424
● 時代

: 唐時代

● サイズ : 高さ 6.5cm×横 4cm×奥行 2cm(1体)
● 価格 : \

楽を奏でる5人の女子。青銅製は大珍品。

参照 : CT-046CT-048
● 別角度画像 → 裏面刃先把手 ● 別角度画像 → 裏面底部拡大

▼ DK-556 ▼ DK-557

銅水牛水滴

玉具剣
● 時代 : 時代
● サイズ : 高さ 4.7cm×横 9cm×奥行 4cm
● 価格 : \

デフォルメした愛らしい水牛。使い込まれた銅味が魅力の日本伝来品。局部、鍍金が有ったと知れる。

参照 : DK-440
● 時代 : 戦国時代〜漢時代
● サイズ : 長さ 54cm×剣身巾 4.5cm
● 価格 : \ 200,000

剣首にはち龍、剣格には獣面が刻された玉が装着され、剣身は石畳文が錫メッキされる。文様は地域的文物との関連性が見られる石畳文は、四川から雲南にかけて菱形文とともに多く見られる。
「荊軻、秦王を刺す」という戦国の刺客の話があるが、春秋戦国時代にはすでに非常に鋭利が宝剣が鋳造されるようになり、剣に嵌め込む玉の飾りに意趣を凝らしている。このような玉の飾りのある剣は「玉具剣」と称され、戦国時代や漢代に流行した。火薬を使わない兵器を冷兵器という。
剣の表面にメツキされた10〜15ミクロンのクロム化合物酸化層は、クロマイジングの酸化処理技術をもっていたことを意味する。

参照 : GK-207
● 別角度画像 → 裏面拡大上下 ● 別角度画像 → 裏面刃先把手

▼ DK-554 ▼ DK-555

貼銀鍍金四獣八稜鏡

青銅海獣葡萄鏡
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 1.7cm×径 20cm、重量 1520g
● 価格 : \ 問い合わせ

鈕は伏獣、四囲には鳳凰・鹿・獅子を大きく、間には草花を、一段下げて蝶・蜂を小さく、外区には飛鳥・花唐草を打出し、地には極小魚子文で埋めた銀板を嵌め込む。文様部は鍍金の華麗な八稜鏡。唐代は西アジアから流入した金銀器の製作技術が頂点を極めた時期で、本鏡はその技術が鏡に導入されたもの。銀貼鏡は平脱鏡・螺鈿鏡とともに宝飾手鏡とも称される。

参照 : DK-495
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 2cm×径 16.7cm、重量 1140g
● 価格 : \ 問い合わせ


参照 : DK-528
● 別角度画像 → 裏面拡大側面 ● 別角度画像 → 裏面拡大側面

▼ DK-552 ▼ DK-553

青銅金銀緑松石嵌朱雀銜環杯

青銅鍍金動物文酒尊
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 27cm×横 17.5cm×奥行 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ

環を銜えた朱雀は虎の背に乗り、鳥の腹の両側に高脚豆が付き、虎の脚とも連結している。朱雀・盃・虎の体表には、金・銀・緑松石・が随所に嵌装される華麗な作品。墨環を銜えた同型類品は、1968年河北省満城陵墓出土品が知られる。
豆に何を盛ったものかわからないが、座右にあって愛玩されたものであろうし、富家の重器であることは間違いない。春秋戦国時代、青銅器製造業は依然として各国の重要な生産部門であった。当時、鉄器時代の到来によって強靭で鋭い鉄製工具が青銅器製造業に利用されるようになり、青銅器工芸は発展史上の最高峰へと導かれた。各種の新しい技術・象嵌・金属メッキ加工・刻鏤(精密な彫刻)で図柄を描く技術は成熟を迎えて普及した。こうしたことによって青銅器は精巧な美しさと豪華さを追求する境地へと発展した。

参照 : 文化大革命中の中国出土文物
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 26cm×横 23.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

熊足の付く身部は二段に分けられ、龍・鳥・猿・虎・鹿・兔などが鋳出され、両側に円環を銜える鋪首が付く。蓋部の二区に分けられた一区には走龍、頂上遊環が付いた柿葉文の四囲に虎・鹿を配し、その間の円形帯状部には相当数隷書体文字が刻されている。3ヶ所に鳳凰が装飾され、これは蓋を返した時の足となり安定する。厚い鍍金で全体が被われる富家の作品。
金文の解読内容によっては歴史を埋めることも有り得る為、文字の存在は極めて貴重遺物といえよう。近時洛陽郊外墓出土。

参照 : DK-419
● 別角度画像 → 裏・側面顔部脚部底面 ● 別角度画像 → 裏面拡大蓋部底面内側

▼ DK-550 ▼ DK-551

青銅蟠龍文鐘

青銅鍍金耳杯・杯台
● 時代 : 戦国早期
● サイズ : 高さ 41cm×横 18cm×奥行 14.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

殷代以来の楽器は、室内での奏楽よりもむしろ戦闘に使われ、太鼓で軍の士気を鼓舞し、その楽器の違いで進退・行動の合図とするものであった。しかし春秋期頃から宋廟の礼楽を奏する楽器も重要視され、大墓には必ず大小で音階を揃えた一組の編鐘・編磬という楽器群が随葬されるようになる。
円筒形の吊手が付く形式を甬鐘と呼ぶ。青銅の鉤で鐘架に固定した。鐘類は木槌で叩き、正面と側面と叩く場所を変えて音階異なる2音を出すことが出来た。各部位には浮彫り状の蟠龍文が飾られている。中央部鉦間、下部鼓の左右下に銘文がある。
戦国早期の墓曽候乙墓から出土した64点の編鐘のうちで最も大きく、鐘架の保存も完全で、今でも楽曲を演奏することができ、音律は正確。このような打楽器は西周の中期頃から現れ始め、俄かにその数も増えてくるが、それはいわゆる「礼楽」がこの頃からいよいよ整備し始めたことを示すもの。
日本における最古の中国文物である銅鐸は中国の楽器と違い、宝物として保存された。形式も文様も随分違うから銅鐸は二本に入ってから日本流に変化したと考えられる。しかし、とにかく戦国時代前3世紀には中国文物は日本にまで波及していたと知られるわけで、いつの時代も物資文明の伝播は早い。

参照本 : 中国美術全集D 青銅器U P1P2
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 15cm×横 16cm×奥行 12.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

全体に厚い鍍金が施される。耳杯と十字形受脚の付く杯台。杯台は柿葉文の陽刻。耳杯の器形は戦国時代に始まり、青銅の他、玉・漆・銀・陶などによる製品が遺っている。漢代の画像や明器、ことに馬王堆漢墓から出土した漆器群によって、当時の主要な食器であったことが知られる。酒杯であると共にスープやソースの類を容れた。総鍍金の豪華さから高貴の用に供された品と知れる。

参照 : DK-509
● 別角度画像 → 裏・側面拡大底面 ● 別角度画像 → 裏・側面各部底面拡大

▼ DK-548 ▼ DK-549

青銅轆轤灯

蟠龍文銅ハク
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 5.5cm×横 8.5cm×奥行 7.5cm
● 価格 : \ 100,000

灯台を使用しない時は蓋を被せておき、使う時には反転してその中に動物性の油を盛って灯心を入れ、灯を灯す。また空になった中に物を保管しておくことも出来る、耳杯形の灯器(耳杯を合わせた形状)。上面には四区に四神が、底部には銘文が刻されている。
戦国時代から前漢時代にかけての時期の灯には、質の高い工芸作品が少なくない。この頃はまだ照明用の油が高価で、灯りは支配層だけが用いた器具であったことと関係があろう。凝った家になると灯油に香料を加え、灯した時に心地よい芳香を発するようにしており、これは当時においては格別の楽しみといえた。このような作りの灯は轆轤灯と呼称されている。

参照本 : 灯火器 - 東アジアのあかりの歴史 -
● 時代 : 春秋後期(紀元前6世紀前半〜前5世紀中頃)
● サイズ : 高さ 36cm×横 22cm×奥行 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

上部取手(旋という)は双蟠ち文、鼓部には巻龍文を施す。中央部鉦間に三行三十字の銘文がある。西周時代、編鐘が登場したことは中国の音楽発展史において大きな貢献。西周後期に編鐘や編馨に「無えき」や「懐石」などという音律名が付けられていたことは、当時すでに十二律の体系が出来上がっていたことを説明しているし、音律名が現れていたことは楽器の調律がすでに正確であったことを物語っている。吊下げて胴部を木槌や撞木の類で叩いて鳴らした。 下部が弧形になる形式を鐘、本品の如く真平らの形式をハクと区別している。ハクはもともと宮廷での演奏に用いられた楽器の一つで、礼器の一種。大小数個のセットを作り、メロディーを奏でることが出来るようにしたものもあるが、本作品のように大型のものは単独でも使用された。灰釉陶器でも写し、副葬用明器としている。凸型の突起は枚と胴部上方を鉦、下部を鼓という。

参照本
紀元前中国陶瓷U浦上蒼穹堂
秦の始皇帝と兵馬俑展
悠久の美 中国国家博物館名品展
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▼ DK-546 ▼ DK-547

銅冑

青銅金銀象嵌胡人立人灯
● 時代 : 商時代(前13〜11世紀)
● サイズ : 高さ 24cm×横 22.5cm×奥行 22cm
● 価格 : \ 問い合わせ

冑は戦車兵にとって不可欠の防具であった時代、国よって形状が相違する。戦車兵は立ったままの状態で戦車に乗っていたので、標的にされやすいと同時に敵の攻撃をかわすことが容易ではなかったので、必要性から甲冑と盾が生み出されることとなった。
こういう遺物を見ていると、商時代の世によせる興味が湧き上がって来るような気がする。あらゆる魔物を獰猛に喰い尽くすといわれる想像上の怪獣「饕餮」の顔をあしらった胄。

参照 : DK-511
● 時代

: 前漢時代

● サイズ : 高さ 34cm×横 31cm×奥行 12cm
● 価格 : \ 問い合わせ

胡人が蹴鞠をする態様(胡騰舞)と犬が寄り添う様を造形し、左右の手に龍首が延びた燭受皿が付く。胡人の衣服を始めとし、犬・台など全面に金銀象嵌を施す華麗な作品で、高級貴族の豪華な生活を偲ばせる。初見の優品。
胡騰舞は胡人の男性による独舞で、舞踏は急ピッチで変化に富むステップを主とし、間に難度の高いジャンプやトンボ帰りなどの技が入る。身には長いベルトを締め、足には胡靴を履き、身体には胡衫を被る。
皿に油を入れ、灯心を立てて火を灯した。人物が手に灯盤を持つ形式の品は早く、戦国時代の銀首人形灯、漢時代の銅俑灯などが知られる。富家の墓にはしばしば燭台を置いて永遠の灯りとした。
西安著名収蔵家惜放出。

参照 : GK-312
参照本 : 中国文物精華1992悠久の美 中国国家博物館名品展
● 別角度画像 → 側面後側内側拡大 ● 別角度画像 → 後・側面拡大台座底面

▼ DK-544 ▼ DK-545

青銅鍍金海獣葡萄方鏡

銅人面具
● 時代 : 初唐後半〜盛唐(7〜8世紀)
● サイズ : 高さ 2.5cm×横34.7cm×34.7cm、重量 11kg
● 価格 : \ 問い合わせ

方形の海獣葡萄鏡。構成は円鏡と同じく境界突帯で区切られた内区と外区に葡萄唐草文を入れ、その中に禽獣を配する。
漢式鏡は基本的にほぼ円鏡に限られていたが、初唐後半期の海獣葡萄鏡以降は円鏡以外の鏡縁形態(方形・花稜形)をもつ鏡が大幅に増加してゆく。漢式鏡の円形には単に顔を映す上での便宜という以上に、天円(丸い天)を象徴的に表わすという重要な思想的意味が込められていた。隋唐以降はそのような思想性に縛られずに鏡の形を選択する趨勢が始まったことを示している。
厚い鍍金が施されたこれ程の大型品は初資料。そもそも円鏡に比べ方鏡は極めて少ない。西安著名収蔵家旧蔵品。

参照 : DK-500DK-078
● 時代 : 商時代(前17〜11世紀)
● サイズ : 高さ 24cm×横 37cm×奥行 17cm
● 価格 : \

三星堆文化。
顔は横幅があって、大きく高い鼻がくっきりとした稜線で中央に座るため均衡がとれずっしりと安定している。輪郭がシャープで、精悍な印象を与える。
三星堆遺蹟からは全部で16点人面具は出土したが、本品は中型に属す。顔の表情は人頭像のそれとほぼ同じであるが、全体に横長、表情も穏やかといえる。極度な誇張によって最も重要な崇拝対象である眼球を強調しており、三星堆の人々の重要な信仰対象を知ることが出来る。蜀人の始祖は名を「蚕叢氏」といい、「縦目」であることが大きな特徴とされるから、こうした人面像も蜀国の祖先神の象徴だったのだろう。古蜀の歴史は「史記」や「蜀王本紀」「華場国志」という本に断片的に記されているが、いずれも口伝を構成に記録したものであり、神話・伝説に色濃く包まれている。
仮面は顔に付けることによってそのものに瞬時に変身する機能、今一つは死者の仮面に示されるように魂魄の離散を防ぎ、悪鬼の侵入を守り、永遠に変らぬことを保障するもので、つまり変化と普遍・生と死を一つにして体現するものであろう。中国では毎年のように地下から驚くべき古代遺物の発見がある。こうしたものを目にすると、中国古代について私達は何を知っていたのだろうと自問せざるをえない。仮面は三星堆ほど多量ではないが、他の地域の遺跡からも多々出土している。成都平野は銅を産出せず、他域から運び込んだといわれる。

参照 : DK-351
参照本 : よみがえる四川文明 三星堆と金沙遺跡の秘宝展
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▼ DK-542 ▼ DK-543

青銅牛尊

銅印章
● 時代 : 商時代晩期(BC14世紀〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 15cm×横 20cm×奥行 8.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

尊という酒容器。鳥獣の姿を模した酒器を犠尊・鳥獣尊とも呼ぶ。蓋上は獣面文で、虎形の蓋鈕が付く。器身には鳳凰が配され、器面全体を雷文で覆う。この種の造形と装飾を持つ銅尊は主に長江流域で出土する。
商代には鳳文を文様の主体とする例は極少ないが、これはその少数の鳳文の中でも優美なもの。上海博物館にほぼ同寸法作品が蔵され、常設展示人気品。
宋代の士大夫は日常生活品にも古物を愛玩する風が強かった。古銅器などが発掘されると、士大夫はそれらを書斎に飾り、自ら楽しんだ。宋代には「考古図」 「博古図」という書物が編纂された。士大夫は古代趣味にまったく魅惑されて、国家の存亡を忘れるものさえも現れるという有様であった。

参照 : GK-676GK-466
参照本 : 象尊と犠尊
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 0.4cm、印面 1.4cm×0.9cm
● 価格 : \ 50,000

戦国時代の印は漢代以降のものに比べ小さいが、文字の彫りが深く筆画の肥痩がない。その均質の筆画と青銅器の鋳出しの文様のような角のとれた力強さが、後世の刻字にはない固有の味わいとなっている。

参照 : DK-268
● 別角度画像 → 裏面顔部分割底部 ● 別角度画像 → 裏側拡大印面・印影

▼ DK-540 ▼ DK-541

胴鉞

青銅鍍金ち虎文透香炉
● 時代 : 商時代(前13〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 21cm×横 21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鉞は木の柄につけて、生贄や罪人の首などを叩き切る為の道具。両面には大きな顔が作り出されている。歯を覗かせた口は吊りあがり、両端は裂けている。眼には土器を称えて見開かれているようであり、刻みの入った太い眉、上部が箆状を呈する不思議な形の鼻も浮彫り状に鋳造して強調している。まるで裁きの権力を象徴するかのように、見るものを圧する造形。「王」という漢字は、刃を下に向けた鉞を模った象形文字といわれる鼻が「王」字形である。。耳下4ヶ所角内に文字刻。
4ヶ所の文字が「亜しゅう」の族徴が刻された同品が知られ、亜しゅう鉞といわれる。

参照 : DK-386
参照本 : 悠久の美 中国国家博物名品展
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 24cm×横 20cm×奥行 15.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

胴面を2段とし、中央帯部には3ヶの牛文、上下段は3ヶの龍文の透かし、胴部に半円紫水晶を嵌め込んだ取手を形成する三獣足の銀鍍金香炉。当時の豪族生活の豪著さが偲ばれる遺品。
近時洛陽郊外墓出土であるが、このあたり後漢以来、北魏までの陵墓が多く「陵墓がいっぱいで牛の寝そべる場所も無い」という言葉があるほどという。
前漢の初め、香炉は宮中や王室に秘蔵された高級な器具であった。香料はいずれも長い道のりを運ばれてくるものであ つたため非常に高価で、皇室と諸侯王だけが楽しむことができた。前漢の中期になると香をたく風がより広く貴族階層に流行し、彼らが使用した香炉の造型は皇帝の香炉を模倣したものになった。

参照本 : Gisele Croes NEW YORK MARCH-APLRIL 2006
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 側面裏側上面底面拡大

▼ DK-538 ▼ DK-539

緑松石嵌青銅鍍金龍乗人物

青銅龍文双柱爵
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 13cm×横 26cm×奥行 6.5cm
● 価格 : \

走龍に羽人(仙人)が乗る。人物の腰下、龍の体表は鱗状に緑松石が、眼は黒瑪瑙が嵌め込まれ、全体を鍍金する華麗な作品であり、辟邪の意を表わす皇家の魔除け置物。不老不死の道教思想の具現化した作品。緑松石の小片を貼り付ける技術は、デン文化特有のものであり、影響がうかがわれる。

参照 : GK-343
● 時代 : 商代中期
● サイズ : 高さ 21cm×横 17cm×奥行 18cm
● 価格 : \ 問い合わせ

胴横断面が棗形をし注ぎ口は幅が狭く、付け根に立つ双柱は長い。胴は中央で段を形成し、突稜が施される。底部は幾分丸みを帯び、底端部より3本の細い突足が伸びる。文様は胴中央の段を挟んで上下と流の下には龍文と蕉葉文が装飾される。龍文の地は密な渦文で埋めている。商初期の平底から後期の丸底へと移る間の稀少形状。

参照 : DK-454
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▼ DK-536 ▼ DK-537

青銅鴟きょう尊

青銅人頭像
● 時代 : 西周時代後期(BC15〜BC11世紀)
● サイズ : 高さ 27cm×横 20cm×奥行 14cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鴟きょう(ミミズク)が両足と尾で立ち上がった形を表現した尊。頂上は小鳥が蓋となる。鴟きょうは夜に活動することから、悪霊を防ぐものとして神格化され、青銅器のモチーフに多く使用されている。本器の身はミミズクの腹部に饕餮文があり、翼は龍がとぐろを巻いた形で表されている。龍の隙間は渦巻文を地文にしたき文や鱗文等で埋められている。白銅製の上手品。

参照 : DK-347
参照本 : 出光美術館蔵品名品選B
● 時代 : 商時代(前13〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 12cm×横 10.5cm×奥行 10.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

三星堆文化。
頭頂部は抜けている。三星堆遺蹟で発見された人頭像のうち、最も数は多いタイプ。この種の人頭像は、神殿で毎日のように神に仕えるべき三星堆王国の支配階級の構成員達を表わしている。銅質と湿潤土との関係で全体が特に銅錆として愛でられる薄緑色に変化しており、魅力的な作品としている。もとは別に木か土で作った身体にこれを組み合わせていたのであろう。

参照 : DK-450DK-096
参照本 : 三星堆 中国5000年の謎・驚異の仮面王国
● 別角度画像 → 前後裏側拡大底面 ● 別角度画像 → 後・側面拡大上部

▼ DK-534 ▼ DK-535

螺鈿高仕宴図鏡

銅冑
● 時代 : 唐時代(8世紀)
● サイズ : 高さ 2.5cm×径 23.7cm、重量 1kg
● 価格 : \

貝の薄板で高仕宴楽図といえる図柄を貼付ける。春秋時代の琴の名手、伯牙の故事を表わしている。螺鈿は夜光貝を使っており、夜でも鋭く光る貝であり、僅かな光線に当たっても光るし、何よりも品格が有り美しい。北京中国歴史博物館蔵品が知られる。

参照 : DK-201
参照本 : 世界美術大全集 東洋編C 隋・唐
● 時代 : 西周晩期〜春秋早期時代
● サイズ : 高さ 25cm×横 22cm×奥行 22.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

頂上には馬が装飾され、下端帯部左右に2ヶづつの鈕通し金具が形成されている。冑は武器に比べ遺品が極めて稀少であり、古代軍制を知るうえで貴重。胄は戦車兵にとって不可欠の防具であった。馬の装飾ある品は初見資料。

参照 : DK-511
参照本 : ・保利蔵金
・青銅礼楽器27 故宮博物院蔵文物珍品全集
・中国美術全集C 青銅器T
・チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 正面側面拡大内側

▼ DK-532 ▼ DK-533

青銅虎形尊

青銅金銀嵌三足硯
● 時代 : 西周時代中期
● サイズ : 高さ 20cm×横 40cm×奥行 12cm
● 価格 : \ 問い合わせ

蓋上に小虎が付く、虎形を表現した尊。尊は酒容器。体表には雷文が刻され、蓋裏には2行7文字が刻される。輝きの美しい白銅製。鳥獣の姿を模した酒器を犠尊とか鳥獣尊と呼ぶが、立体的な動物を単体で表わした青銅器は鴟きょう尊などの容器を除くと稀少。
アメリカフリア美術館に蓋無しの大型類品が知られる。近時洛陽郊外墓出土。

参照 : 中国美術全集C 青銅器T
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 15cm×横 21cm
● 価格 : \

半円形蓋の乳頭、四囲の2羽の鳳凰と、裾部は雲文を打出す。乳頭の柿葉文、鳳凰の鱗、羽毛と地の瑞雲文は金・白金象嵌を施す。身部は3ヶの熊足、間には鬼面を囲んで2頭づつの怪獣を装飾、それぞれの顔・体・地文は金・白金で象嵌する。硯面は耳盃池が装飾され、2行8文字の鳥の形を組み込んだ「鳥篆」という飾り文字が金錯され、裏面は乳頭を囲んで蓮弁文が打ち出される。未だ類品を見ない華麗な硯。全体に広がる青錆との対比も極めて美しい。近時山西省大同市近郊墓出土。
中国古美術の世界は広大かつ無限に深い魅力に満ちている。未だかって無い新資料を我が物にできる醍醐味は中国古美術ならではといえる。鳥篆文は前漢の貴族階級で流行した装飾。

参照 : WS-056
● 別角度画像 → 裏面顔部後部蓋裏底面 ● 別角度画像 → 後側上面底面拡大

▼ DK-530 ▼ DK-531

鍍金狩猟文高脚杯

馬首頭青銅刀子
● 時代 : 唐時代(7〜8世紀)
● サイズ : 高さ 7.8cm×口径 6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

表面は、魚々子地に細かく文様を刻出し、狩猟文を主題とする。弓矢を手にした4人の騎馬人物が懸命に逃げようとする獣を追って、疾駆する様が絵の場面のように器側を巡って表現されている。狩猟は唐時代などにもその情景を描いた例が散見され、戦闘訓練としての意味合いと娯楽を兼ねて頻繁に催された。皇帝をはじめとする貴族階級の間に人気を博した行事が、こうした銀器の文様にも反映されたわけである。闊達な構図や刻線には唐時代盛期の優れた造形感覚が遺憾なく発揮されている。
唐時代にはすでにワインが飲まれており、西方伝来のワインなどの酒が似つかわしい。銀地に文様部を中心に鍍金を施す。魚々子文は中国で創案された技法。全体は鍛造で銅と足とは別々に成形された後、溶接されたもの。銀の部分が腐食によって黒ずんで見えているが、当初は銀の鮮やかな色合いと鍍金の眩い光輝とが程よく溶け合い、華麗な趣を見せていたことであろう。唐時代盛期の銀器の典型的な作風を随所に示した佳品。形状からより早い時期、盛唐以前の製作。

参照 : DK-206
● 時代 : 西周〜春秋時代(前9〜7世紀)
● サイズ : 長さ 21.5cm×幅 3.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ


参照 : DK-188
● 別角度画像 → 裏面拡大底部 ● 別角度画像 → 裏側把手刃先

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