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▼ DK-528 ▼ DK-529

青銅海獣葡萄鏡

彩漆龍文銅鏡
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 1.6cm×径 19cm、重量 1400g
● 価格 : \

飛鳥の高松塚古墳から出土した海獣葡萄鏡と同型鏡が武周王朝期698年に葬られた独孤思貞墓から出土し、高松塚古墳の築造年代を判定する有力な資料となった。

参照 : DK-504
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 厚さ 1.5cm×径 20.5cm、重量 860g
● 価格 : \

漆黒上、鈕を挟んで柿葉文、四囲に四匹の龍を朱を含んだ銀漆で描く。筆画は鋭く勢いが有る。二千百年前、製作時には模様の彩色は今以上に鮮麗であった筈。龍は天上の世界と地上の世界を自由に行き来できる想像上の動物。戦国・漢時代、鏡は魂が昇天する道を照らす役割があると考えられていたので、死者と共に埋葬されることが多い。長沙近郊墓出土。漆絵鏡は揚子江中流域の楚国領域で作られた。

参照 : DK-458DK-457DK-343DK-296
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

▼ DK-526 ▼ DK-527

青銅鍍金鳥尊

螺鈿蓮牡丹文鏡
● 時代 : 春秋戦国時代(BC770〜221)
● サイズ : 高さ 25cm×横 27.5cm×奥行 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ

デフォルメされた鴛鴦の体表には羽文を刻し、写実的鴛鴦を鈕とする蓋を伴ない、両端は虎頭、体表に雲文を刻す堤梁が付く。蓋裏には3行にわたって銘文が刻される酒尊。 厚い鍍金は目を射る輝きであり、相当な富家の遺品と知れる。このような形の器は初見。精巧に作られ、表情は勇猛で芸術性豊かである。春秋戦国時代、伝統的な青銅礼器は次第に定型化された造形や装飾を脱けだし、清新で生き生きとした風格が求められた。
宝鶏近郊穴蔵出土品。長年月の懇請により香港収蔵家より入手。

参照 : DK-254
● 時代 : 唐時代(8世紀)
● サイズ : 厚さ 2cm×径 21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中国における銅鏡は、古く殷時代頃から作例があり、以後、歴代にわたって夥しい数の製品が製作され、巷間に広まって言った。時代によって大きさや意匠は様々で、唐時代にはこの鏡のように螺鈿という斬新な技法によってきらびやかな装飾を施したものもかなり製作された。螺鈿とは夜光貝やアワビ貝等の殻を削って文様の形に細かく切り、漆地や木地の表面に貼り付けたり、嵌め込んだりして研ぎだした装飾技法。貝の放つえもいわれぬ艶麗な輝きが時代の気風にあったものか、唐時代にはことに好まれた。
日本へは遣唐使の活躍した奈良時代に伝来し、工芸品の主要な装飾技法の一つとして普及していった。室町時代以後、蒔絵に用いられた金貝というのも平脱(金銀などの薄板を漆地に塗りこんで研ぎ出す)と同系統の技法といえる。螺鈿・平脱鏡は後補等が多く、うぶで確実な遺例が極めて少なく、本来は様々なテクニックを駆使して華麗美を演出していたものと考えられるが、その技法としての全貌・多様性は現状では全く不明といえる。地の漆部も損傷無く、当初の状態を良く保っている。
● 別角度画像 → 裏側後側拡大蓋裏底部 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

▼ DK-524 ▼ DK-525

鍍金面人頭像

銅鍍金麒麟文銀錠式盒子
● 時代 : 商時代(前13〜11世紀)
● サイズ : 高さ 39cm×横 23cm×奥行 14cm
● 価格 : \ 問い合わせ

古蜀・三星堆文化。
頭部は楕円の長筒形で、頭頂は平ら。目と眉を除く顔面から耳の前面と下顎は鍍金を施す。黄金の仮面を装着している状態を表わしているのであろう。後に三つ編を垂らし、首の下は前後がV字形に伸びている。
三星堆出土の人頭像に共通しているのは吊り上がった目・固く閉じ、しかし笑っているようにも見える大きな口。耳には耳飾りの孔が開けられていることである。顔の表情や耳の後まで張り出した下顎の突起は人面具(DK-351)と全く同じであり、人面具が仮面そのものであるならば、人頭像は仮面を着けた人頭を表現したものといえよう。人頭像の首はソケット状になっている。木や土で作った胴体部に嵌め込んで用いたと見られる。首の先端はU字型のものもあるが、殆どがV字型であり、これはV字襟の衣服を身に着けたからであろう(DK-341)。後の襟首の方が前よりも深くなっている点も大型立人像と共通している。祭祀の際には神樹や大型神獣仮面と共に、衣服を着けたこれらの像が並べられたのだろう。殷の版図から遠く離れた四川盆地にも、高度な青銅器文化が発逹していたことを知らしめた。
三星堆出土の類品は鍍金でなく、金箔を貼っている作品が2体出土している。重量5kg。10数年がかりの懇請が今回四川大地震によって成都収蔵家惜譲。

参照 : DK-450
参照 : よみがえる四川文明 三星堆と金沙遺跡の秘宝展三星堆 中国5000年の謎・驚異の仮面王国
● 時代 : 唐時代(8世紀)
● サイズ : 高さ 8.5cm×横 22cm×奥行 12.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

唐代前半期(7〜8世紀中頃)は、中国における金銀器生産の絶頂期であり、多種多様な優れた出来映えの品々が生み出され、宮廷をはじめとする貴族層を中心に持て囃された。

蓋部上面は一段高く打ち出された分銅(銀錠)形状枠内に双麒麟と花唐草が、側面には左右に対の霊獣と前後に花唐草が、蓋身部の左右には対の鳳凰と前後に花唐草が表現され部位に鍍金する。地には微小な魚々子が整然と並び全体に細微が尽くされている。分銅形の圏足が付く。鍛造により厚手の器体上に深く鋭く適確に打ち込まれた鏨によって生動感溢れる。文様が見事に表現され器形・文様ともたっぷりとした量感と張りを兼ね備え、唐代盛期の優れた斬新な感覚が凝縮された優品。鍍金も厚く美しく、高級貴族の持ち物であり、陶磁の交渉がいかに優れた技術を持っていたか、その一端が垣間見える。
造形・装飾・製作技法において、中央アジアや西アジアのソグド・ササン朝ペルシャ・東ローマ等を参考にして吸収し、宮廷工房でもペルシャ・ローマ・ソグドの金銀銅製品を摸倣して専門に作った。分銅形状は元時代の銀錠、明時代の陶磁・漆器に儘見られるが、唐時代の遺品は初見。分銅は秤に使うおもりの分銅で、八宝文の一つとなって吉祥を願う意。

参照 : DK-289DK-193
● 別角度画像 → 裏・側面顔部上部内部本体サイズ ● 別角度画像 → 裏側側面拡大内部底面

▼ DK-522 ▼ DK-523

五牛青銅鼓

銅鍍金龍・獅子文像函
● 時代 : 前漢中期
● サイズ : 高さ 18cm×横 16cm
● 価格 : \

広く中国西南・南方の少数民族や東南アジアの各民族の間に広汎に広まっていた胴鼓上に大小5頭の牛が飾られる。鼓は正月の演奏・舞楽の伴奏に用いられるほか、信号の伝達・大衆の召集・戦闘の指揮・鬼神の祭祀・貨幣の貯蔵・賞賜進貢・副葬品などにも用いられ、権力と財産の象徴とされる。耳を繋いで柱にかけ、側面から鼓面を打ち叩いたり、地面に置いて打ち叩くこともある。雲南古代の炊事用具である釜が転化した物で、2000年以上にわたって連綿として絶えることなく現代に至っても数多くの民族が銅鼓を大事にしまってある。
テン文化において銅鼓は祭祀に使われる神聖な楽器であると同時に、貯貝器という富の象徴とも密接に関わっていた。
櫛歯文・鋸歯文などの文様が銅鼓の表面上に表現され、牛の体表には瑞雲文が装飾される。牛はテン文化の青銅器ではほとんどいたるところに見られ、「テン族」の社会経済の中で重要であった。牛は単に肉食の主要な供給源であるばかりでなく、祭祀の重要な犠牲獣でもあり、また財産の象徴でもあった。
春秋戦国時代、テン池周辺で生活していたテン人は文明の程度が高く、勢力は強大で、中原との経済・文化交流も密接であった。テン国の青銅器はその豊富fな内容・生き生きとした様式、丹念な製作技術、独自の境地の民族的な風格で名高い。

参照 : DK-359DK-342DK-330DK-250
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 22.5cm×横 30.4cm×奥行 18.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

身部正面は魚々子地上、双朱雀唐草文。左面は白虎唐草文、右面は青龍唐草文、背面は双玄武唐草文を。蒲鉾形蓋上面は魚々子地上、四龍唐草文、左右面は双虎唐草文を打ち出している。角面の枠取り、主要打ち出し模様は鍍金が施される華麗な銅製宝函。
正面に鍵を嵌めた金具、背面に2個の蝶番で蓋を開閉する仕組みは、法門寺地宮出土の函にも共通して見られる構造であり、唐代晩期のこの種の容器の定式。
四神は中国古来の四方の神であり、四方の星座を動物に見立て、それに古代中国の物質論、宇宙観である五行思想の色を配した観念とされる。戦国〜前漢時代に成立し、後漢にかけて流行。鏡・画像石・瓦当・墓誌・古墳壁画などのモチーフに用いられ、六朝〜隋唐時代以後、および朝鮮半島・日本に及んだ最も洗練された絢爛豪華な作品は、朝廷直属の工場・工房が製造した。
玄宗皇帝の開元年間までは全く平和で、西はトルファン・クチヤあたりまで太平を謳歌して美術工芸を楽しんだ。
● 別角度画像 → 側面裏側底面拡大 ● 別角度画像 → 側面裏側拡大内部底面

▼ DK-520 ▼ DK-521

青銅立人像

兵士獲捕虜青銅鍍金具飾
● 時代 : 商時代(前13〜11世紀)
● サイズ : 高さ 38cm×横 6cm×奥行 6cm
● 価格 : \

古蜀・三星堆文化。
三星堆出土遺物の中には、目と共に手に対する誇張と神格化を見ることができる。青銅製品のみならず、玉器に描かれた図にもそのことが表れている。手の表情によって、目に見えぬ何かと交信をしているのだろう。

参照 : DK-341
● 時代 : 前漢時代(BC〜BC1世紀)
● サイズ : 高さ cm×口径 cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中国の西南地域にあたる現在の雲南省一帯では、戦国時代から前漢時代にかけて独自の青銅器文化が栄えた。中国の歴史書がテンと伝える民族の文化。テン民族は高度な青銅器鋳造技術を駆使して、人間や動物の姿を写実的に表わした。美術的に優れ、また当時の人々の生活の有様を伝える貴重な資料でもある。漢王朝はテン王に金印を与え、政治的な関係を深め、漢文化は次第に西周中国に浸透し、後一世紀頃にはテン独自の文化は姿を消した。
テン文化では、牛が突出した扱いを受けていた。貴族が衣服につけた飾り金具であって、テン族の兵士が出征後、勝利を得て帰還した場面が表現されている。2人の兵士は分捕ってきた勝利品である牛一頭、羊2頭を荒縄で縛り、子供を背負った女性一人を引き連れている。前を行く兵士は髪を弁髪に結った首級を牛に下げている。蛇は冬眠して春になると動き出す再生のシンボル。

参照 : DK-320
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▼ DK-518 ▼ DK-519

青銅鍍金観音菩薩立像

鍍金獅子人物文宝函
● 時代 : 隋時代(AD585年)
● サイズ : 高さ 49.5cm×横 15.8cm×奥行 11.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

本体・光背・台座の組み合わせからなる。火焔透かしの頭光を負い、台座反花と一対の獅子、全身を豊かな装飾品で飾り立てる。獅子の間、背面には「三月廿日弟子周仁造佛一躯」、全面には「隋開皇五年」の銘文を記す。厚い鍍金が全体に施され、大型の佳品。

仏教伝来の時から現代に至るまで、中国では長く仏像が造られ拝されてきた。その歴史の中で最も盛んに造仏が行われ、信仰の熱意が示されたのは北魏から唐時代にかけての500年間。伝来当初の戸惑いを克服し、北魏時代の人々は自己の仏の形を完成。南北朝後半から隋時代にかけては新しい形が求められ、仏像の形式は様々に変化する。ようやく古代的世界観から脱却し、おりから流れてくる西方の文化に刺激を受け、隋〜唐時代の精神は仏像にも人体の理想形を追求しようとした。

参照 : DK-111DK-109
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 45cm×横 36cm×奥行 30cm
● 価格 : \ 問い合わせ

全体それぞれの銅板を溶接して、八面形に組み立てられている。天板上は四神を始めとし、全面に人物・獅子・鳳凰・花唐草文を打ち出し、地は魚々子文で埋める。角稜には丸鋲で止めた細板が嵌せてある。蓋と身は背面の2ケ所に取り付けられた蝶番によって連結され開閉可能な仕組みとなり、正面には鍵を取り付けていたと見られる固定具が鋲留めされている。
左右には鋲留めされた獣面の環の把手が付けられ、主要文様と帯板を鍍金する。貴重な品々を収納する函であろう。いずれの文様もフリーハンドで自在に描き出したようで、巧みな構図やよどみのない鏨使いには、唐時代盛期の卓越した表現技巧をうかがうことが出来る。1966年浙江省瑞安市慧光塔から出土した類品函は舎利函とされ、銀塔・銀器・ガラス器・木製仏像など10件余りの遺物が舎利と共に納置されていた。

参照 : DK-375
参照 : 中国国宝展 2004〜2005
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▼ DK-516 ▼ DK-517

青銅鍍金人頭像

鴛鴦宝相華文双耳四花形盆
● 時代 : 商時代(前13〜11世紀)
● サイズ : 高さ 11.5cm×横 7.5cm×奥行 6.5cm
● 価格 : \

「ねじり飾りの人頭像」といわれる。
頭部と額の間に境目が見え、顔面部と頭部を別々に鋳造し、後に嵌め込んでいる。頭部に一種のターバンの様な捩れた布飾りを巻きつけているが、同様の布飾りが神壇上部に作り込まれた祭祀の場面にたずさわっているらしい人間達の像の頭上にも見られる。三星堆出土の40cm余の大きな人頭の中で、唯一高さ13.6cmの類品が出土している。耳飾り穴が左右3ヶずつ開いている。

参照 : DK-124
参照本 : よみがえる四川文明
● 時代 : 唐時代(9世紀)
● サイズ : 高さ 10.5cm×口径 35.5cm×底径 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

極めて大型の銅製盆。全体は鍛造。
側面が孤を描いて上方へ立ち上がり、口縁が外反し、側面の四方が窪んだ四花形をする。内底には躍動感に富んだ鴛鴦(一対)と宝相華が浮彫風に立体的に打ち出される。側面の内外には羽を広げ、今にも飛び立ちそうな姿の鴛鴦が刻出され、内外の地には全面宝相華文が口縁内側周囲に花文が線刻される。把手は器の対象位置に一対づつ鋲留めされた獣面の鐶に取り付けられる。高台は側面に花文が刻出され、器とは別造で器底に蝋付けされている。文様部分のみに鍍金を施し、丹念な成形法や密に強く適確になされた鏨使い、生気溢れる文様表現など出色の仕上がりを示している。唐代晩期の金銀器の遺例中、出色の仕上がりを見せる。
法門寺塔墓地宮から出土した恩賜品と考えられる銀製類品は、潅仏盤と推測されている。

参照 : DK-208
参照本 : 唐皇帝からの贈り物唐の女帝 則天武后とその時代展
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▼ DK-514 ▼ DK-515

銅印章

人物文鐘形青銅板
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2cm、印面 2.3cm×2.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

官印。印面「軍曲候印」。
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 高さ 49cm×横 32cm×厚み 1.1cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鐘形板上には、上下二段に鳥・人物等が装飾された円板を抱えたり叩いたりする男女を、樹・瑞雲の間に展開する。人物は腰から鱗状の長い紐を垂らしている。頂部の相向かう人物が装飾された吊部には掛穴が穿たれている。類例が見られず用途不祥。
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▼ DK-512 ▼ DK-513

辟邪紐銅印章

亀紐銅印章
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 1.3cm、印面 1.7cm×1.7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

参照 : GS-045
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2cm、印面 2cm×2cm
● 価格 : \

官印。印面「千石○部」。
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▼ DK-510 ▼ DK-511

玉嵌青銅鏡

銅冑
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 径 17.5cm×厚み 0.9cm、重量 800g
● 価格 : \ 問い合わせ

三絃鈕の周囲には四龍、その他には縄目状の玉を貼り付ける新資料鏡。

参照 : DK-422DK-404DK-169
● 時代 : 商時代(前13〜11世紀)
● サイズ : 高さ 19cm×横 18cm×奥行 23cm
● 価格 : \ 問い合わせ

一鋳で鋳造された冑。戦車兵にとって不可欠の防具。正面に饕餮紋を飾る。後頭部に筒状のものがあるが、装飾のための羽根などを差し込んだもの。この冑は商代後期の安陽殷墟候家荘西北岡1004号大墓の南側墓地で100個体以上出土した冑とよく似ているが、本品は見事な金銀緑松石象嵌が華麗に施されており、大将級の品であろう。陽を浴びて光り輝く様は、戦士の得意気を彷彿とさせる。初見品。近時洛陽郊外出土。
広い中国ではいつ・どこで・何が発見されるかは全くわからない状況といってよい。下がって西周時代になると饕餮紋も無いシンプルな形状となる。遺品で知られる最古の冑であり、古代兵制を知る上で貴重資料。戦国時代に入ると更に精微華麗となる青銅工芸品の魁といえる。こういう素晴しい遺物をじっと見ていると、この時代によせる興味が湧き上がってくる。戦いに明け暮れた人々はその荒んだ心の支えとして激しく美を求めたのは日本の刀剣や甲冑と共通する。

参照本 :中国国宝展保利蔵金中国古代軍戒服飾
      中国美術全集C青銅器@
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▼ DK-508 ▼ DK-509

龍文銅戚

青銅鍍金耳杯
● 時代 : 商晩期(紀元前14世紀〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 20cm×横 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ


参照 : DK-149
参照本 : 中国全集C 青銅器T
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3cm×幅 10.5cm×奥行 7.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

厚い鍍金が施され、両耳下には走獣文、受口前後には飛鳳凰文が線刻されており、高貴の用に供されたもの。
漢時代には「杯」と呼び、後世 「羽觴」と称した耳盃は、春秋・戦国時代に始まり、六朝時代まで使用された代表的な飲食器。漆器・玉器・陶器でも造られ、実用は主に漆器で、酒盃やおかずを盛る小皿として用いられた。王義之が催した流觴曲水の宴では、川に木製酒盃を流し、それが自分の前に流れ着くまでに詩を詠んだという(耳が水面をしっかり支え、沈まない)。

参照 : DK-196CK-076GK-414WS-027
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▼ DK-506 ▼ DK-507

金貼玻瑠象嵌鹿鳥紋八稜鏡

青銅金銀貴石嵌熊
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 12cm×厚み 0.6cm、重量 280kg
● 価格 : \ 問い合わせ

円鈕の回りを四鳥・四鹿と花唐草文で装飾する金板で嵌め込んでいる。金板上は動物文を打出し、花唐草は細金線、時は極小金粒で埋め、鈕の周囲線を取り巻く半円部と唐草文の幾部には緑・赤・玻瑠を埋め込んだ華麗な宝飾背鏡。
唐時代は貴族文化、一面において工匠職人の文化である。都市には職人のギルドがあり、彼らは貴族の好尚に応ずるように努力して生産に従事した。隋唐文化にはその当時やはり貴族時代であった西アジアの影響が見られる。千何百年も前の工芸品そのものを入手できるのは、誠に有り難いことだ。 

参照 : DK-382
● 時代 : 戦国〜前漢時代
● サイズ : 高さ 20cm×横 14cm×奥行 13.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

全身を金銀平・線象嵌。青金石・緑松石・赤瑪瑙・黒瑪瑙の嵌め込みで装飾する。辟邪の意味を持ち、吉祥動物である熊。諸侯王階層になると、このような調度を多数作らせて身辺を飾っていた。見る者を威圧し、生気が全身に漲っている。高度で精密・華美な技術がうかがえる佳品。熊は漢代の十二神獣の一つで「方相氏」とも呼ばれ妖怪を退け、邪気を除ける働きがあると考えられた。

参照 : DK-438DK-265
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▼ DK-504 ▼ DK-505

青銅海獣葡萄鏡

青銅海獣葡萄鏡
● 時代 : 唐時代(7世紀)
● サイズ : 径 14cm×厚み 1.5cm、重量 920kg
● 価格 : \

最も典型的な最盛期の海獣葡萄鏡。麒麟の形をした伏獣鈕の周囲に5頭のへいげいが巡る。外区には波状に施転する蔓草から派生した葡萄の実と葉が外縁沿いに並び、上に小鳥・蝶が交互に描かれている。

参照 : DK-339DK-427
● 時代 : 唐時代(7世紀)
● サイズ : 径 16.5cm×厚み 1.8cm、重量 1060kg
● 価格 : \

海獣つまり瑞獣と葡萄唐草の文様を主とする海獣葡萄鏡は、南北朝時代末期の6世紀後半頃から作例があり、隋時代を経て唐時代に全盛を見た。獣形鈕を中心に、その周辺に獅子や有角獣と葡萄唐草、外側に獅子・鳥・蝶・蜻蛉など西方起源の文様を取り入れながらそれらを中国風にアレンジして成った独特の文様を持つ。
遣唐使などにより、日本にも類品が多くもたらされ、又それらを真似た倣製鏡も多数製作された。精緻で躍動感有る文様構成は、国際色豊かで活力に溢れた唐文化の特色を見て取ることが出来る。
葡萄はこの頃ヨーロッパから中国にもたらされた植物。ちなみに唐伝来の「海獣葡萄紋鏡」が日本の高松塚古墳から出土している。日本伝世品。

参照 : DK-370
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▼ DK-502 ▼ DK-503

青銅模印

鍍金鹿形鎮
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 0.5cm×径 4.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

印面 「偏将軍印」 官印。

参照 : ZK-110
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 5.5cm×横 11cm×奥行 7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

大型のタカラガイを嵌め込んでいる。殷・西周時代では南海産のタカラガイは繁殖の象徴で、呪術的な意味を持つものとして尊重・珍重され、貴重な装飾品として喜ばれた。次第に物々交換の仲立ちをするはたらきを持つようになって小型品は貝貨となった。

参照 : DK-034
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▼ DK-500 ▼ DK-501

青銅鍍金海獣葡萄鏡

青銅模印
● 時代 : 初唐時代(7世紀)
● サイズ : 高さ 2.5cm×径 37cm、重量 8kg
● 価格 : \ 問い合わせ

海獣葡萄鏡は唐代の典型的な銅鏡であり、唐代に出現した鏡群のうち、特に大きなウェイトを占めるもの。その装飾意匠は唐文化と西域文化の融合したもので、日本・ソ連・朝鮮からも同様の葡萄文鏡が出土しており、唐代の内外交流の左証となっている、鏡の鈕は獅子形で、内区の葡萄の枝間には7匹の海獣が配され、外区の葡萄の枝間には小鳥と疾駆する小動物の類が配されている。鏡縁部には蔓草文が巡らされている。
鏡の文飾は半浮彫の技法が用いられ、鏡身は厚く銅質は優良。鍍金は美しく、大きさ・重量とも恐らく知られる同類鏡では最大の部に属すと思われる。中国では初唐後期から盛唐期にかけての墓葬から頻出し、日本でも明日香村の高松塚古墳や天理市の杣ノ内火葬墓など、終末期の古墳以降の出土例があり、正倉院・春日大社などに伝世品も数多く見られる。
揚州は当時の銅鏡鋳造の中心地の一つであり、また唐朝に献上する鏡の主要な産地でもあった揚州の銅鏡は朝廷の皇族に大変喜ばれ、重要な貢物となっただけでなく、民間においても広く賞賛されたことが文献にもよく見受けられる。揚州にはもともと発達した官営の銅鉱業があったことが揚州の銅鏡の製造業の発展を促した。径37cm・重量8kgの巨大さは、類品を見ない。西安著名収蔵家長年月秘蔵品。

参照 : DK-370
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 0.5cm×径 4.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

簡牘(木簡・竹簡)の封印に用いた印。版牘を重ねたり、編簡を巻いたりした上から麻縄などで縛った。縄目に粘土を固着し、その上から捺した。模印は稀少で、封泥だけが発見されることがほとんど。封泥は漢印研究の補助的な役割を果たしている。
印面 「左将軍聞司馬」 官印。

参照 : ZK-110
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▼ DK-498 ▼ DK-499

青銅金銀象嵌鎮

銅方彝
● 時代 : 戦国時代中晩期(BC3世紀)
● サイズ : 高さ 11cm×横 20cm×奥行 13cm、重量 1920g
● 価格 : \ 問い合わせ

馬に襲いかかる虎を表現する。体表には雲文を金銀象嵌で密に装飾する。こうした動物闘争文はスキタイを始めとする北方遊牧文化特有のもの。
遡ればイランのペルセポリス遺跡には牡牛の腰に噛み付く獅子の図が多く見られ、アニマルスタイルと総称される。動物には動きがあり、情景は迫真的。春秋時代後半から漢代にかけては青銅器に金や銀の象嵌を施すことが流行した。これはその中でも見事な例。

参照 : DK-438DK-456
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 高さ 40cm×横 24cm×奥行 22cm
● 価格 : \ 問い合わせ

蓋の頂部と器の腹部はともに大きな獣面文で飾られ、鳳鳥紋と対応している。圏足をもった直方箱形状の身に、大きな屋根型の蓋が付いた方彝の製彝時期は商後期から西周中期までと短く、類例も極めて少ない。商後期から西周中期頃まで作られた。酒と酒の香りづけに用いる鬱金草の煮汁を調合して入れておくための容器。
「彝」 は本来は礼器の総称であって個別の器種名ではないが、自名の器もなく、古典中にこの器種に相当する名も見当たらないので、暫定的に「方彝」(方形の彝)と名付けられている。蓋は当時の宮殿における寄棟式の頂部の建築様式を反映している。
青銅器文化の起源は、紀元前7000年紀の西アジアにあるとされるが、中国製銅器製作についての冶金・製作技術が中国で独自に生み出されたのか西方から伝播したものかについては、長い間の論争にもかかわらず未だに決着の付かない問題である。
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▼ DK-496 ▼ DK-497

青銅双鸞瑞花鏡

青銅狩猟文方鏡
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 21.5cm×縁厚 0.5cm、重量 1300g
● 価格 : \ 問い合わせ

鸞は鳳凰の一種の瑞鳥の名で、向かい合って蓮華座の上にとまる。蓮華は中央上下部にもあり、双鸞がとまる珍しい図柄。上部の双鸞は綬を口に銜える。
この文様全体に吉祥の含意が込められている。盛唐以後の鏡の文様は、使い手の趣向を反映した真に装飾文様の名に相応しい図柄に変遷していった。漢六朝鏡の文様が、基本的には鏡を製作した工人達の奉ずる思想の具象化であったのとは大きく異なっている。本鏡のようにおめでたい図柄が組み合わされた吉祥文様が出現することもその一つの表れ。この種の双鸞鏡には文様の変化も大きく、日本でも正倉院に類鏡があり、奈良興福寺金堂鎮壇具中にも含まれている。

参照 : DK-361
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 1cm×横 16cm×奥行 15.8cm、重量 700g
● 価格 : \ 問い合わせ

突起した伏獣鈕の周囲は山・樹・花・革で埋められ、その間に4人の騎士が馬を馳せて獲物を追う姿が浮き出ている。騎士は投げ縄・弓・槍を持ち、獲物は猪・獅子・兔が、外区は唐草文が鋳出される。
鋳上がりも鋭く、文様表現も軽快華麗の優品。

参照 : DK-205

 

● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

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