| ● 時代 |
: 西周中期(BC8世紀) |
| ● サイズ |
: 高さ 14.3cm×口径 18cm |
| ● 価格 |
: \  |
外折した幅広の口唇部、袋足が付く。足上部には突稜を挟んで相向かう獣面が飾られる。形は鼎と鬲の中間に当たる。青銅鬲の形式は陶鬲から発展してきたもので、商代の墓葬において副葬される鬲は大変少ない。西周中期以降に至っては鬲は盛行し、鼎と一緒に出土する。しかも暫々組を成しており、一組の鬲の形態・大きさ・文様とも基本的に同じ。
用途は肉類を煮たり、穀物を調理したりするのに用いられた。漆黒の銅地である。殷王朝を倒し、西周時代300年間の都が置かれていた西安郊外墓からの出土。
参照 : DK-338 |
| ● 時代 |
: 北魏正光元年(AD520年 |
| ● サイズ |
: 高さ 20cm×横 11cm×奥行 11cm |
| ● 価格 |
: \  |
最も初期の金銅仏で、大小の連弁を鋳出した光背。光背の裏の孔に差し込み、蓮華文を打出した傘蓋、四脚台と完備する。鍍金もよく残り、尚輝きを放っている。仏は袈裟を通肩に纏って、護法の獅子座に座し、禅定印を結んで静かに瞑想に耽る。面貌、左右相称性など中国化・形式化が顕著な一方、ガンダーラの名残り、インドの曼荼羅に見られる仏像の特徴を備えている。
光背銘「正光元年二月三日 張門村張徳順為○父敬造佛像一區願亡者○登扱牙生生不息」がある。正光元年は北魏後期様式が完成した頃。
作行きは上々で、金色は素晴しい。今のところ中国最古の紀年金銅仏像は建武4年(AD338)。この形式の仏像は山西・オルドス方面からの出土が多いと北京の古玩舗では言っている。
参照 : DK-319
参照本 : 中国国宝展 2004〜2005 |