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▼ DK-360 ▼ DK-361

貼銀鍍金飛鳥人物八稜鏡

青銅対鳳蓮花文鏡
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 8.5cm×厚み 0.7cm×重量 240g
● 価格 : \ 問い合わせ

唐代の鏡は前代の円形・方形という外形を打破し、新しい形の鏡を多く出現させた。菱花形鏡は最も特徴ある一つ。麒麟形鈕の四方に果籠を捧げる人物と雌雄の鳳凰、間には花枝を外区には宝相華文が意匠され、空間は実に細微な魚々子と呼ばれる小円が敷き詰められている銀板を嵌め込み鍍金をする。
銀貼鏡は平脱鏡・螺鈿鏡とともに宝飾背鏡とも称され、盛唐時代には単なる鋳造の青銅鏡には表現できない一層の装飾性と色彩的華やかさが鏡に求められたと思われる。小型貼銀鏡中の優品。
鈕の麒麟(さんげい)は獅子のことで、獅子を文様にした漢代の鏡はまだ発見されていない。麒麟は仏教の伝来と共に伝われ始め、唐代では一般的な鏡の文様になっている。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 直径 22.2cm×縁厚 0.8cm×鈕高 1cm×重量 1,480g
● 価格 : \ 問い合わせ

縁は水平、鈕の左右に向かい合う格好で双鸞を配する。鈕の上下には大柄な瑞花文がある。いずれも同種類の花を付け、鈕の方向に花を向けているか、蔦の伸び方が異なる。下方は双鸞の足下から二本の蔦が中央下方へ伸び、一花に繋がる。花弁が開ききり、大きく強調されたしべ上に二羽の小鳥がとまる。上方は鈕付近で結ばれた2本が左右に蔦を伸ばしながら中央の一花に繋がる。宝相華の要素が加わって時代を示している。盛唐後半期に流行した模様。美しい白銅製。
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▼ DK-358 ▼ DK-359

獣面紋げん

五牛貯貝器
● 時代 : 西周時代早期(紀元前11世紀〜前10世紀
● サイズ : 高さ 34.5cm×径 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

穀物の蒸し器。上部の甑と下部の湯沸し部分である鬲からなる。甑と鬲の境目には透かし孔のへい(上記を通すための簀)が残る。上部は獣面紋と重葉文を、蹄形袋足部はヒレ状装飾のある牛首獣面紋が装飾される。形態は堂々としている。
北京故宮博物院蔵は高さ80cm余の大型品。この作品の精錬技術は「鋳煌鉚」という部分部分の接合方法で作られている。
げんの発明は仰韶文化の時期まで遡ることができる。蒸す調理法は西洋文明にはない中国人の大きな発明。殷周銅器は窖蔵・古井戸などから出土することが多い。殷墟から発堀されたげんには人間の頭がまるごと入っていた。この人は首を斬り落とされてから頭をげんの中で蒸された。

参照本 : 中国美術全集C 青銅器工
● 時代 : 前漢時代(前206〜8)
● サイズ : 高さ 26cm×横 17cm×14.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

貯貝器は安産を象徴する子安貝を貯めておくテン文化を代表する青銅器。器身は胴が括れた円筒形を呈し、平底に三つの獣足、両側に虎形の把手を兼ねた装飾が付く。蓋上に5頭の牛を配し、中央の牛は銅鼓の上に立つ。身と蓋の側面は細緻写実的に船に乗る人物・牛と連続菱文・丸文・山型文で装飾される。テン国では牛は富の、虎は権力の象徴であった。
貯貝器の装飾は多種多様で、鋳造は非常に精巧。題材は日常生活に取材したものが多く、当地の社会状況を研究する上で非常に重要。貯貝器の副葬は有力者層大型墓に限定される。銅鼓は祭祀に使われる神聖な楽器であると同時に、貯貝器という富の象徴とも密接にかかわっていた。
漢代においては、現在の雲南・貴州・四川西部に居住する各民族は西南夷と総称された。今の昆明近くのテン(池)国は発達した青銅文化の段階にあったが、漢朝は西南地区に郡を設けた後、漢族と西南各族との往来を密接にした。
胴面の船と人物の図柄は前2世紀の南越王墓出土「桶形容器」の胴面にも描かれている。
参照本 : 中国製銅器全集M テン・昆明
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▼ DK-356 ▼ DK-357

響銅碗

青銅獣面金具
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 8.6cm×口径 14.5cm
● 価格 : \

錫を多く含む青銅を響銅という。響銅製の器物は轆轤削りや鍛造で加工している点が大きな特徴。中国では遅くとも5世紀頃には製作が始まり南北朝時代から唐時代にかけて瓶・盒・壺等の作例が見られる。飲食用、或いは仏具として作られた。口縁は内側に突き出ており、口縁が撓まないような形をしており、日本では佐波理と称され、型を彫って鋳造した青銅器にはない滑らかな形姿は、やがて陶磁をはじめとする種々の器形の主流となっていく。
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 高さ 12cm×横 3.6cm
● 価格 : \

長く延びた平板下と獣面の後には他金具を挿し込む穴が穿たれている。馬車の車軸の両端の車輪が抜け出さないように軸頭に被せて止める楔金具「かつ」という。「えい」とで一組となる。虎に似た犠首の面貌は重厚かつ堅固。
※中川一政旧蔵品

参照本 : 中国古美術のたのしみ
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▼ DK-354 ▼ DK-355

青銅弾琴帯鈎

朱雀銜盤銅灯
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 10.8cm×横 3cm×奥行 2cm
● 価格 : \ 80,000

笛を吹く者と琴を弾く者二人並び、表情までわかる程で微笑ましい。琴は特に当時の君子の教養であった。貴族が擁していた私有楽人か。図柄から兵士の品ではないであろう。当時の風俗を表わし、斬新な造形が楽しい。
※中央部破損。

参照 : DK-059
● 時代 : 西漢時代
● サイズ : 高さ 16cm×横 21.5cm×奥行 18cm
● 価格 : \ 問い合わせ

種々形状が知られる古代灯火器の中でも異形であり、1968年華北満城陵山中山靖劉勝墓出土の同形品が知られるもの。とぐろを巻き、首を擡げた盤龍を足で踏みつける羽根を広げた朱雀が環状凹、内部を三区に分けた燈盤を銜える。
盤龍の体・朱雀の羽・燈盤には雲紋が刻され、部分的に鍍金で装飾する。戦国時代に至って生活水準の向上により、未だ上層の人々に限られたことではあるが、座右に置き身辺を照らす灯火器の遺品が俄かに増えた。蝋燭の発明までにはまだ数百年を待たねばならず、灯盤に獣脂を置き、竹の細片を縛ったものや獣毛を縒ったものを灯芯にし、燃やして明かりを得ていた。
朱雀は南のシンボルの鳥で、図としては鳳凰で示されることが多く、天地の四方を表わす。シンボルは唐・宋頃まで盛んに使われていた。戦国時代から前漢時代にかけての時期の灯りには質の高い工芸作品が少なくないのは、この頃まだ脂が高値で、灯りは支配層だけが用いた器具であったことと関係する。

参照 : DK-050DK-006DK-003
参照本 : 中国美術全集D青銅器U

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▼ DK-352 ▼ DK-353

青銅金銀象嵌坐人俑

伎楽銅屋
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 9.5cm×横 11cm×奥行 8.5cm
● 価格 : \

写実的表現がされた官人。爪・髭を始めとして、全身隈なく鳥文・渦文等が金銀象嵌される。
かって銅人はいくらか知られるが(参照:DK-104)、これ程の金銀錯が施された作品は初見。物語俑として中国では紹介されており、一種芸人であろう。

参照本 : 中国青銅器図録・下
● 時代 : 戦国時代(BC475〜221)早期
● サイズ : 高さ 25cm×横 19cm×奥行 13cm
● 価格 : \

間口三間の家を象っている。前面に柱を配し、両側は透地壁、後側は小窓が開き、屋根は四角錘型であり、八角柱が立ち柱頭には尾鳩が形成される。屋根はS字型勾連雲紋、柱は瑞雲紋が刻される。屋内には前後6人の裸体楽人が配される。両膝をついて座り、琴を弾いたり、笙を吹いたり、鼓を打ったりしており崇拝儀式を表わしている。
音楽は舞踏と切っても切れない関係にあるが、実際は音楽が主体で舞踏は音楽に従属するものだったので楽踊と呼ばれた。また楽踊は原始的でミステリアスな響きをもっていたので、春秋戦国時代には国を亡ぼす淫らな音楽であると見られてもいた。
銅屋は専用祭祀の廟堂建築模型であり、古代建築社会また音楽史の研究にも重要資料。同品が浙江省博物館に知られる。越国の作品。

参照本 : 中国美術全集D 青銅器U
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▼ DK-350 ▼ DK-351

熊博山薫炉

青銅凸面仮面
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 29cm×横 8cm×奥行 10.8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

熊が口を開けて咆哮し片膝をつき、左手は膝に右手で炉を支えている。炉の蓋は透かし彫り、重なり合う山々博山をつくる。神人が片手で山を持ち上げた作品が銅・玉製で知られる(参照:GK-238)。
博山は伝説中の神山をかたどったもので、神仙思想を体現している。造型の妙なこと、人を唸らせるものがある。香料を燃やせば炉となり、優美な置物でもある。熊には辟邪の意味もあり、漢代の多くの器物には文様・造型として表されている。
● 時代 : 前13世紀〜前11世紀
● サイズ : 高さ 13cm×横 31cm×奥行 13cm
● 価格 : \

古蜀・三星堆文化。
古代中国の青銅器は祭祀用の容器・武器が中心であり、人や神の身体・顔・眼だけを表現した例は極めて少ない。耳まで裂けた口、鼻から外側に延びる頬の隆起、横に開いた尖った耳、そして異様に突出した円い目からなる顔は笑っているようにも見える。「蜀王本紀」や「華陽国志」に出てくる蜀の王「蚕叢」は「縦目」を持つとされており、それをこの凸目と結びつける説が中国では有力。両耳が長く突出るのは凸眼面の特徴。

参照 : DK-316
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▼ DK-348 ▼ DK-349

獅子鎮柄香炉

神樹枝頭花蕾及銅鳥
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 11.5cm×横 40cm×奥行 11.5cm
● 価格 : \

長い柄の先に獅子形の重しが付いた香炉。柄香炉は南北朝時代(439〜589年)頃から仏教儀礼を中心として盛んに使用された。炉・台・柄の三部分からなり、それぞれは鋲によって接合され、火炉は二重となっており、内に香を焚く落し炉を沈めている。その炉縁の上に丸環を衡える獅子が取り付けられて、鈕の役割を果たす。柄上面の炉側には透かしの入った心葉形金具が鋲止めされる。
類品柄香炉は、洛陽市龍門石窟北麗の宝王寺境内の墓より浄瓶や搭碗といった器種と共に出土している。
我国では奈良時代に盛行し、法隆寺献納宝物の類品が国宝。

参照本 :
@宮廷の栄華 唐の女帝・則天武后とその時代展
A白鶴美術館名品選
B保利蔵金
● 時代 : 前13世紀〜前11世紀
● サイズ : 高さ 20cm×横 13cm×奥行 8.5cm
● 価格 : \

古蜀・三星堆文化。
ラッパ状の花の蕾の上に鳥が立ち、尾羽は大きく開いて透かしとなる。花の蕾を掴んで立つ鳥の姿は三星堆大型一号神樹の装飾や小型神樹の「人首鳥身像」と同じ。神樹の枝先の装飾であろう。この世の中心軸にあって天と地を結ぶ巨大な樹木は「生命の樹」あるいは「世界樹」と呼ばれ、世界各地の創世神話の中に残されている。
三星堆祭祀坑から出土した巨大な青銅製樹木もまた、中国の古代神話に残る聖なる樹木、即ち神樹を表現している。神樹は人為的に破壊され燃やされた後に、祭祀坑に投げ込まれていた。
神樹は巨大仮面や人頭像と並んで、三星堆の特殊性を象徴しており、全ての神樹に花と鳥が装飾されている。宇宙の中心にある「天に通じる梯子」を象徴していた。そして天と地・人間と神の間を結びつける仲介者の役割を果たした。神樹に付く鳥はひとりずつ鳥に乗つて空を回つて行くという太陽の化身。

参照本 : よみがえる四川文明 三星堆と金沙遺跡の秘宝展
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▼ DK-346 ▼ DK-347

青銅鍍金貴石象嵌熊鎮

青銅鴟きょう尊
● 時代 : 戦国〜前漢時代
● サイズ : 高さ 10cm×横 8cm×奥行 6.5cm
● 価格 : \

うずくまる熊は右手に何かを持ち、食べようとしている。全体を厚く美しい鍍金で覆い、緑松石・オニックス・赤瑪瑙で幾箇所か象嵌する。体表は全面に鋭い細刻が施される。熊は漢代文物の処々に意匠されており、龍・鳳・虎に次いで重んじられ、神聖と辟邪の意を持つ。
西晋時代に青磁に見られる「熊形容器」に継承される造形。その写実的な表現は素晴しい。

参照 : CC-257DK-212
● 時代 : 商時代(BC15〜BC11世紀)
● サイズ : 高さ 23cm×横 12cm×奥行 9cm
● 価格 : \

鴟きょうとはミミズクの、尊は酒の容器。頭部は蓋となる。全身饕餮紋をはじめ、様々な文様がちりばめられている。
鴟きょう尊は商代後期には時折見られる機種であるが、西周になって無くなるのは商王朝の人と西周王朝の人ではミミズクに対する観念が異なっていたのであろう。鴟きょうは夜に活動することから悪霊を防ぐものとして神格化され、青銅器のモチーフに多く使用されている。腹部に饕餮文、翼は龍がトグロを巻いた形状で表わされている。龍の隙間は渦巻文を地文にした鱗文で埋められている。
クリーブランド美術館、泉屋博古館に類品が知られる。
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▼ DK-344 ▼ DK-345

青銅人物文鏡

青銅立牛筒
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 径 13cm×厚さ 1cm×重さ 360g
● 価格 : \ 50,000

鈕をはさんで、高仕と侍女、情報には花盆、下方には鶴・亀を表現する。青銅鏡は戦国時代から明清時代に至るまで脈々と製作され続ける。特に宋・金時代には新たな鏡式を生み出すなど活発な鏡製作が行われた。
● 時代 : 前漢時代(BC4〜AD1)
● サイズ : 高さ 28cm×径 7cm
● 価格 : \

円筒形で本体には一面にS字型の蛇紋が鋳出され透かしが施される。蓋には2つの耳が人面の鼻となり、目の部分は透かしとなりお互いに向かい合っている。蓋の上には体表に雲文が刻された牛が立ち、その姿形は生々としている。身部は3羽の鳥が筒の足となり支えている。筒は上から下へ幾分細身に形成されている。類品で頂上に鹿・ち龍が飾られる。細身の筒は針筒とされているが本品の用途は明確でない。牛は歴史上「こぶ牛」と称されたもので雲南青銅器のその他の図柄にもこぶ牛が描かれており祭祀や食用、そして富の象徴に用いた。テン文化では牛が突出した扱いを受けていたことがわかる。透かしがあるので香炉の用かもしれない。
前漢の元封2年(BC109年)漢の武帝がテン国を降伏させ、テン王に金王印を下賜した。雲南テン国の作品。テン文化の遺産は巨大な一連の首飾の如く、テン池・撫然湖そして星雲湖を取り巻いている少数民族の王国であった。テン国青銅器文化の文物は数量が豊富で種類も多く造型の奇抜・優美さ・製造技術の精巧さなどにおいて、世界の青銅器文化の歴史上稀に見るほどのもの。西欧では特に注目・感心が持たれ、積極的収集がなされている。

参照 : DK-259
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▼ DK-342 ▼ DK-343

銅猛虎襲牛枕

彩漆獣文銅鏡
● 時代 : 前漢時代(BC4〜AD1)
● サイズ : 高さ 14cm×横 23cm×奥行 8.8cm
● 価格 : \

馬の鞍形の枕で、両端が立ち上がり、頂部にそれぞれ1個づつ牛の立像が蝋付けされている。片面には雲文のデザインが鋳出されているが、もう一面には雲文を地文として猛虎が牛に噛み付いている図像が3組浮彫状に鋳出されている。この種の銅枕はテン国の貴族が副葬した明器。立体像による青銅器の装飾を開始した当初の段階はその意匠のほとんどが牛で占められていた。
装飾技法の点から見ると、3層を重ね合わせる手法を採用しており、その一面は雲文を地として上面に猛虎が牛を襲う図が浮き彫り風に表現されており、牛の頭は立体的である。枕の両端には各一頭の牛が立ち、丸彫り・浮彫り・線刻の三つの技法を合わせて使用し、格別の装飾効果を上げている。
テン国は紀元前4世紀頃から紀元後1世紀頃、テン池地域を中心として建国されていた少数民族の王国である。古代テン国及びテン王の存在は、司馬遷の記載に先ず最初に散見される。その高度に発達した青銅器文化は中華民族の歴史を豊かなものにしたという意味で貢献。中原文化との関係、現在の少数民族の歴史を研究するうえに重要な資料を提供している。

参照 : DK-330DK-320DK-254DK-064
参考本 : てん国青銅芸術
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 21cm×厚さ 0.5cm×重量 320g
● 価格 : \ 問い合わせ

背面には黒漆を塗り、朱・褐色漆で怪獣・雲文を鈕の四囲を回るように描かれている。薄く軽量の銅板である。

参照 :DK-269
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▼ DK-340 ▼ DK-341

青銅鍍金豆

青銅立人像
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 25.5cm×径 15.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

豆は肉を盛る食器、新石器時代の良渚文化と龍山文化には陶製の豆が流行した。商と西周時代には青銅豆は非常に少なく、春秋中・晩期になると次第に増加し、しかも必ず蓋を伴なうようになった。
固く引締まった瑞鳥が鈕となり、左右に遊環付鬼面が付く。全体鍍金され、本来は美しく輝いていたと知れる稀品。鳥鈕は博山炉にはまま見られるが、豆の鈕としては珍しい。

参照 : DK-244
● 時代 : 前13世紀〜前11世紀
● サイズ : 高さ 49.5cm×横 8cm
● 価格 : \

古蜀・三星堆文化。
現在では祭りのポーズと考えられている蜀の立人像。人物・台座・怪物・台形の土台からなる顔の形は三星堆出土の人頭像と同じで、その冠の上部は蓮の花のような形をしている。大地に聳える姿からは、この頂点の冠は天を象徴しているのであろう。襟首は後方の方が深いV時であり、人頭像の前後のV字の首の形と同じ。(ここからも残されていない人頭像(参照:DK-124)の下半身は立人像のような身体部分が何らかの形で作られていたことがわかる)。
服装は笛袖の長衣と半袖の上着を重ね着している。下半身の長衣の形は燕尾服のように後の丈が長く、巻き込んでいるのではなく前後で重ね合わせたものになっている。上着も右側面に切れ目があり、頭から被る動きやすい機能的なものといえる。模様は線刻で細かに施されている。装飾のバンドのようなものを肩から袈裟懸けにしている。足首にもバンドを嵌めている。両腕部分の模様は浮彫りに表現されており、服の模様であるのか刺青であろうか。手首には三重のブレスレットを嵌めている。人物が素足で立つ台座は四頭のばんちにも似た怪物の角が支える。
左右の掌は指を丸く結び、一見すると上下斜めに何か棒状のものを握っているようだが、穴の位置は平行でなくずれており指で輪を結ぶ動作は祭祀の時の舞踏のポーズと考えられている。指全体の円形は人物の頭や胴回りにも匹敵し、異様な大きさといえる。人物の胴体部分は円形ではなく五角形のように角張っている。背中部分も四角い形になっていることから、これも実際の人間とはかけ離れている事を示していよう。このような神官の立人像の周りで三星堆の蜀の人々がどのような祭りを行っていたのだろう(1986年広漢市三星堆から出土の同形品は高さ262cm、重量180kgも有る)。着物を左前にまとい、長い髪を後に垂らしているところは「蜀王本紀」に書かれた古蜀人の装束そのもの。
北方を流れる黄河の中・下流域の中原が中国文明の源であり、長江にはこれに匹敵する古代文明はないと考えられていたので、長江上流の三星堆遺跡から高度な技術力を駆使した3000年も前の青銅器が出土したことは従来の古代史定説を覆した。
成都の著名三星堆文物収蔵家旧蔵品であり、数年がかりの懇請によりDK-316 と共に入手。

参照 : GK-442
● 別角度画像 → 裏・側面鳥鈕底面拡大 ● 別角度画像 → 側面後側底面拡大参考本

▼ DK-338 ▼ DK-339

青銅獣面鬲

海獣葡萄鏡
● 時代 : 商時代(BC13〜BC11)
● サイズ : 高さ 23.5cm×横 16.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鬲とは煮炊きに供する3本足の鍋で、足の部分が中空になっているもの。鼎と同様、神や先祖の霊を祭る時、穀物を煮炊きして供える容器。口縁に耳が二つ付き、腹部は張って3本の尖った足を持つ。龍文が獣面の上、頸の下の狭い部分にも帯状に表わされている。中国の青銅器は夏・殷・周の3代約2000年の歴史を有する。二里頭の夏代晩期遺跡(約前18〜前16世紀)から出土した青銅器が現在知られる最古のもの(参照:DK-051)であり、殷代早・中期(約前16〜前13世紀)は青銅器の発展時期で、新しい器形が数多く出現した。祖先や自然の神々、いわゆる鬼神に対する盛んな祭祀を背景に、酒器を主とする祭器の制度が確立し、神々を示す獣面文が主要文様となって装飾は複雑で精緻なものへと発展した。
殷代晩期から西周早期(約前13〜前11世紀)になると青銅器の種類と器形はほぼ出揃い、新たに動物を象った器物が登場する。獣面文をはじめとする文様は空前の発展を示した。西周中期(前11世紀)には青銅器はそれまでの豪華で華麗な器形から簡素で実用的なものへと変化し、文様も簡潔となる。酒器が減少して食器が多くなり、列鼎と編鐘の礼器制度も確立した。しかし西周晩期は青銅器の発展も停滞し、画一化に向かう商代晩期の作品。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 2cm×径 16.7cm×重さ 1280g
● 価格 : \

中央の鈕は伏獣形をとり、小連珠文の付いた高い境界突帯で区切られた内区と外区いずれにも全体に葡萄唐草文が入り、内区では五匹のさん猊、外区には蜻蛉・蝶・飛禽などが配されている。縁には小雲紋が一周する。海獣葡萄鏡は西方伝来の葡萄唐草文に中国伝統のさん猊文を配したもので、唐代に広く愛用された。
鋳上がりは極めて鮮明かつ良好。白銅の輝きと錆味の対比も美しい。精緻で躍動感溢れる文様構成となっているところに国際色豊かで活力に溢れた唐文化の特色を見て取る事が出来る。

参照 : DK-238
● 別角度画像 → 裏側拡大底面上部 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

▼ DK-336 ▼ DK-337

銅鍍金山羊鈕印章

青銅人頭像
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2.5cm×印面 1.4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

厚い鍍金が美しい山羊鈕印章。駱駝・山羊鈕は北方民族の印。青銅器の鋳出しの文様のような角のとれた力強さが、後世の刻字にはない固有の味わいとなっているのが戦国〜漢時代の印章。
● 時代 : 前13世紀〜前11世紀
● サイズ : 高さ 12cm×横 9cm×奥行 7cm
● 価格 : \

三星堆出土の大型人頭像に共通しているのは、吊り上がった目・硬く閉じ、しかし笑っているようにも見える大きな口・耳には耳飾りの孔が開けられていることである。頭部の形には円頭・平頭の二種類がある。精悍な顔立ちをして後頭部に簪のような髪飾りを付けている。人頭像の首はすべてソケット状になっており、木や土で作った胴体部に嵌め込んで用いたと見られている。このような人頭像は三星堆からは4点出土して、そのうち2点は黄金の仮面を顔につけている。戦士と考えられている。

参照 : DK-124
● 別角度画像 → 前後裏面印面・印影拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面底面台共拡大

▼ DK-334 ▼ DK-335

青銅銀錯鳥形鎮

青銅鍍金亀鈕印章
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 5cm×横 6.2cm×奥行 5.3cm
● 価格 : \ 150,000

鳥が振返って羽を繕うような姿は「動物意匠」の一つの形式であると共に、出来るだけ突出した部分を少なくするという使用上の配慮でもあろう。鳥はやはりグリフィンの形を引く怪鳥であろうが、既に後世の鳳凰に近くかたどられている。全体に銀の細線・薄板でもって象嵌している。漢時代の大墓には葬礼の明器、種々の人像・生活器具に混じって鎮も埋納されている。

参照 : DK-303DK-291
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 2cm×印面角 2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

厚い鍍金、亀鈕の刻も鋭利な印章。


参照 : DK-284
● 別角度画像 → 前後裏側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面印面・印影拡大

▼ DK-332 ▼ DK-333

玉首青銅金銀錯帯鈎

青銅星雲連弧文鏡
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 19.5cm×幅 2.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

春秋戦国時代、中国は軍事的な意味もあって盛んに北・西の胡族と交渉をもった。騎馬戦法とそれに伴う武器・武具、更に胡服と呼ばれる衣服の制も遊牧民から習得した文化の一部で、騎馬に便利なズボンと上着からなる胡服には帯鈎が不可欠であった。帯鈎はその胡服の帯鈎のバックル。
表面には雲渦文を金銀錯で装飾、玉製の龍首を装着する。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 径 13.5cm×縁厚 0.3cm×鈕高 0.5cm
● 価格 : \

縁は16の弧をつないだ形。内区と街区に分け、内区には4乳といわれる星雲文を表わしている。
間は瑞雲を渦巻いた形に作る美しい白銅製(高錫青銅)。
● 別角度画像 → 裏面雲渦文玉首 ● 別角度画像 → 裏面側面拡大

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