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▼ DK-330 ▼ DK-331

立牛曲管紅雀文銅葫芦笙

青銅金錯剣
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 28cm×横 10.5cm×奥行 9cm
● 価格 : \

葫芦形の柄部は湾曲し、背面に1ヶ表面に2ヶの孔が開けられ、柄端には牛が飾られる。牛は両角を持ち尾部は下に垂れる。胴部表裏面には孔雀を線刻する。笙であって、演奏方法は現在の笙と同じ。雲南民族・テン国の作品。テン族は前漢の始め、絶えず周辺の民族に対して征服戦争を挑み、土地を占領し、奴隷を捕虜にし、家畜を掠奪して富と政治力を拡大した。彼らは民族特有の発達した青銅鋳造技術を利用して、写実的な芸術手法で、青銅器製品を造りだした。「牛」は彼らの先祖が崇拝したトーテムであり、民族精神の象徴であった。孔雀もテン族銅器にしばしば装飾されている瑞鳥である。本来はこのいつくかの孔に竹管が挿し込まれていたもの。今まで発見された最も早い笙類の楽器。ちなみに現代の竹製笙は鳳凰の形状を模している。現代の雲南では、少数民族がまだ葫蘆笙を使用している。

参照本 : テン国青銅芸術
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 46cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中国の戦法は古来馬車戦であり、戈や戟を繰り戦うものであった。しかし北方の匈奴など遊牧騎馬民族との接触は騎馬戦法をもたらし、接近戦に際して剣が普及する。直接我が身に佩び、身を守るものであるだけに鋭利で強靭な名剣が求められ、それに関する逸話も多い。
呉越の製作技術が抜きん出、越王句践や呉王光の剣などが遠く山西省でも出土している。剣格も付随する。菱形連続文の金錯が刃部全面に施される。木柄に挿入して使用した。
● 別角度画像 → 裏・側面底面胴部 ● 別角度画像 → 全体剣格剣先

▼ DK-328 ▼ DK-329

鍍金銀錯扁壺

鞘付青銅剣
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 高さ 7.5cm×横 7cm×奥行 4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

戦国時代新出の器・扁壺は戦国〜漢を通じて製作され、隋唐期に又新しい要素を備え再登場し、西方との強い影響が考えられるもの。戦国においては中原を中心に流行した器形であり、本来は編物の袋に入れて使用した。扁平な器は馬や駱駝の横に荷と共に表わされる例がある。両側面中央部に一段ハート型段差をつけ、雲気文・銀象嵌を施し、全面を鍍金し雲気文を線刻している。中国古代金工の美を堪能させてくれる。ミニアチユア。

参照 : DK-224DK-014
● 時代 : 春秋戦国時代
● サイズ : 鞘共/長さ 59(剣 54.5)cm×幅 5.5(剣4.5)cm
● 価格 : \

古来の戈や戟を操る馬車戦から騎馬戦となるつれ、剣が普及する事となる。剣首と剣格には細微な雲気文が陽刻される。鞘は山型の薄板を上下で合わせ細糸を整然と巻き、漆で固めている。3区に朱漆で区分けした上端と下端には朱漆で神獣雲気文が鮮やかに描かれており、普通品には漆絵は描かれておらず上級武士の品と知れる。木盆に収納状態での出土の為に鞘の状況はすこぶる良く貴重な資料。整然と細微に規則正しい刷毛目塗は、あたかも糸を巻いたように見える。片面は革帯に止まるよう一段差をつけている。先端には泌飾が着いていた跡が残る。

参照 : DK-235
● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 鞘・剣部塗部握部拡大

▼ DK-326 ▼ DK-327

羚羊形竿頭飾

青銅鏃矢
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 10.8cm×横 6cm×奥行 2.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

竿を筒の中に差込んで飾りとして使用したもの。竿頭飾は共に2点或いは4点と偶数個で発見される場合が多いという。下部には遊環が付く。

参照 : DK-301
● 時代 :秦時代
● サイズ : 長さ 57.5cm
● 価格 : \ 35,000(1本)

銅の鏃は意識的に錫の含有量を減らして鉛の含有量を増やしている。そのため、鉛に含まれている毒性で鏃の殺傷力が大きくなった。これは秦代が兵器製造の面で兵器の効能を高め・改善するため、実践の中で絶えず模索してかなり科学的な金属配合比例を基準を探し当てたことを示している。葦製の軸は区分けされて交互に朱漆で剣先文が描かれる。鏃表面には酸化防止の為にクロム酸化物をつけている。軽量である。射は六芸のうちの一項目であり、当時の貴族が広く訓練した技芸のひとつ。
※1本売約済み。在庫はあと2本。

参照 : DK-119DK-241
● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 軸部先端拡大

▼ DK-324 ▼ DK-325

青銅金錯鐓

羊型車轅飾
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 11.5cm×横 3.5cm×奥行 2.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

戈のえの末端、石突に付けられた金具。そんの平底のものを鐓という。戈のえはしっかり把握できるように掌側を太くした卵形に近い断面をしており、従って鐓の断面も同様。戈えの下端部を保護し装飾すると共に、剪竹製のえを補強することを加え、戈を握る際の力のバランスをとることなど一つの器具に様々な機能が付与されている。全面、龍文・怪獣文で装飾された金錯が華麗である。細い線と広い平面とを併用した技法。龍のかなり具象的な姿を流れるような線でとらえた描法は戦国末期、前漢に近い頃の作である事を示している。

参照 : DK-270
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 3cm×横 8.5cm×奥行 4.5cm
● 価格 : \ 50,000

全体が筒状を呈し、大きく曲がる角を持った羊を表わす。羊の頭部と頸部は筒から突出する形で立体的に表され、身体は浮彫り状に表わされる。車の轅飾り(轅とは、戦車の車軸と馬を連結する工具先端)。

参照 : DK-118
● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大文様部 ● 別角度画像 → 裏面底面拡大

▼ DK-322 ▼ DK-323

動物紋鞘付短剣

青銅印
● 時代 : 春秋時代(前6〜5世紀)
● サイズ : 長さ 42.5cm×横 4.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鞘は透彫りで、ち龍四頭の姿が柄の端には龍を表した文様が表される。鞘の裏側には上下2個の鈕通し環が付けられている。鞘は透彫鋳造。ち龍の造形は躍動的・立体的であり、体表には細かく鱗が刻されている。鞘付の剣は珍しいが、その中でも見事な例。中国北方騎馬民族の「北方銅器」と言われるもの。中国北辺の草原地帯において、中国中原の青銅器とは異なる青銅器が発見されることは今世紀の初め頃には一部の人々の注意を引いていたが、これらの青銅器に本格的な考察を加え、その位置を定めたのはスウェーデンのJ・Gアンダーソンであった。これらの青銅器の多くは動物を主題とした文様で飾られ、前7〜4世紀に黒海北岸に栄えた遊牧民スキタイの文化や美術などとの共通点が認められる。

参照 : GK-300DK-308
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2.4cm、印面 3cm×1.9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鼻鈕の大型長方形印章。
● 別角度画像 → 刃部柄部全体拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面印面・印影

▼ DK-320 ▼ DK-321

兵士獲捕虜青銅鍍金具飾

銅弁才天
● 時代 : 前漢時代中期
● サイズ : 高さ 9cm×横 14cm
● 価格 : \

浮彫り風の装飾品。先頭の兵士は頭に鳥の嘴形の冑を被り、襟の高い鎧を着て、手には円盤型の大きな腕輪を嵌め裸足で、右手に一つ人間の首を提げ、左手で縄を引いている。その縄には背中に小児を背負った女性が結わえ付けられ、女性の後には牛・羊・ヤギが各一頭いる。みな数珠繋ぎにされている。最後の一人もまた兵士で、肩には靴形の斧を担いで手には人間の首を提げている。身に着けているものは先頭の兵士と同じ、下辺には倒れ伏した首無しの死体と蛇がある。この場面はテン族の戦士が掠奪戦争を行った後、適の首を提げ捕えた人間と家畜を連行して帰るところの情景を描写したもの。帯飾り具。類品は雲南省博物館の代表的収蔵品。

参照 : DK-250
● 時代 : チベット17世紀
● サイズ : 高さ 13cm×横 8cm×5cm
● 価格 : \

略して弁天。インドの聖河サラスヴァティーを神格化した神で、学問や技芸の神とされ、仏教では弁舌の才や福財を授けるとして崇拝される。七福神の一人でもある。
顔部は鍍金、冠中央には水晶が嵌め込まれる。琵琶は取り外しできる。作は精緻、姿態は妖艶。17世紀に遡る作品は稀少。文化大革命によりチベットの幾千万の寺院は迫害・略奪に遭い、多くの美術品が失われ、主に西欧に流出した。

参照 : DK-230JC-041
● 別角度画像 → 裏側側面台共拡大参考本 ● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大

▼ DK-318 ▼ DK-319

青銅羚羊形飾金具

金銅如来坐像
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 18.5cm×横 13cm×奥行 7.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

台形状差込み上に、角と顎鬚を持つ羚羊を大きく装飾。台には革紐結び用環と止め具用穴が形成される。スキタイなどユーラシア大陸の北辺に広がった遊牧民族が共有した動物意匠は戦国時代に匈奴などを通じてこのスキタイ系の文化に触れた漢民族も彼らの装身具や器具の装飾としてこの動物意匠を取り入れた。強者に対する信仰・狩猟の成功や家畜の豊穣という願いが込められていた。馬車の飾り具とされる。

参照 : DK-063
参照本 : 大草原の騎馬民族 中国北方の青銅器
● 時代 : 北斉時代(AD568年)
● サイズ : 高さ 21cm×天蓋径 11.5cm×脚座 8.5cm×5.5cm
● 価格 : \

中国では4世紀から5世紀前半にかけて大きな肉髻をいただき通肩の大衣をまとって禅定印を結び、獅子座に結跏趺坐する左右相称の金銅仏が流行した。これらの金銅仏は通常五胡十六国仏と呼ばれている。従来は別鋳で取り付けられた付属物が失われて、その全体の形を知ることが出来なかったが、河北省石家在から出土した天蓋と四脚座を見えた遺例や本像などから初めて本来の形式を推察することが可能になった。
本品は四脚座に「天和3年」銘が刻され、五胡十六国時代から100年余後の作品で、仏像も台座と一鋳で造られている。八葉蓮花文を浮彫りにした天蓋を具え、天蓋のほぞは背裏にあるほぞ受に挿してある。
四脚座の四箇所それぞれの面・背部は 「徳成正覚」 「所愿如是」 、正面右部は「敬造釈迦」 「金像壺く」、正面左部は「第子甲二」 「十一月佛」が刻される。全体を山吹色に輝く厚い鍍金、天蓋を伴いかつ銘文の有る本作品は極めて稀品。貴重資料。近時武威郊外墓より出土。

参照本

● 別角度画像 → 後側拡大台共 ● 別角度画像 → 裏・側面底面分割拡大台座

▼ DK-316 ▼ DK-317

青銅縦目獣面具

鉄銀象嵌鍍金容器
● 時代 : 前13世紀〜前11世紀
● サイズ : 高さ 15cm×横 41cm×奥行14cm
● 価格 : \

筒状に飛び出た瞳・横に張り出した耳・太い眉・大きくすわった鼻・一文字の口を持つ、見る側に強い印象を与える。中国の他地域には類例が無い広漢市三星堆文化の作品であり、中原の商周文化と違った精神世界を有していたことを物語る。
三星堆の青銅仮面は二つ大別され、人の顔を模した人面具と、神獣を模した獣面具がある。1986年に発見された三星堆祭祀坑からは獣面具は3点のみで他は人面具。眉間に方形の孔が有り、元は巻雲状の立て飾りを装着したものであろう。この凸目怪獣を伝説の「縦目」の蜀王「蚕叢」にあてる説が現在は中国では有力。人間を表現したものではなく、神として崇拝する対象であったことは間違いない。数年がかりの地元農民収蔵家から入手。

参照 : DK-124
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 13cm×径 11cm
● 価格 : \

身の胴部は牡丹唐草獅子を、蓋部は蓮花唐草を線刻し、赤・黄鍍金を施す。合口と下部には帯状薄板を巻付け雷文を銀象嵌する。パゴタ形の舎利容器。
● 別角度画像 → 裏側側面拡大参考本 ● 別角度画像 → 側面底面分割拡大

▼ DK-314 ▼ DK-315

青銅鍍金獅子鎮

青銅海獣葡萄文寸鏡
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 4cm×横 6.5cm×奥行 5.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

振り向きうずくまる姿態の獅子に厚い鍍金を施す。本来は底に鉛を埋め、鎮子とした。

参照 : DK-251
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 0.5cm×径 3.2cm×重量 40g
● 価格 : \

袖鏡・寸鏡といわれる小鏡。直径が7〜8cmを下回る小型鏡は大半が懐中用・旅行用と考えられている。伏獣鈕の回りを5頭のさん猊と蔓草が巡る。小型品勿ら鋳型抜けは良好であり、明器でなく実用品と知れる。

参照 : DK-141
● 別角度画像 → 側面底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側拡大

▼ DK-312 ▼ DK-313

青銅鍍金玉具剣

青銅鍍金亀鈕印
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 長さ 54.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

先端の「剣首」、鍔の役目をする「剣格」には玉が嵌め込まれ、全てを鍍金し華麗である。儀礼あるいは会盟の折など威勢を必要とする場において佩されたもの。「剣首」には3匹のち龍、「剣格」にはち龍と獣面を彫刻する。
古代の鍍金は水銀に金の箔か粉末を混ぜて液体の合金とし、よく磨いた器面に刷毛か簓で塗布し、高温過熱して水銀を蒸発させる。スキタイ・匈奴など草原の諸族は金の車馬具や装身具を好んで用いたが、春秋・戦国時代に彼らと接触することが多かった中国でも、金を用いた工芸が俄かに発達した。はじめ鍍金器はこの金器の代用という性格が強かったが、やがて独自の展開を見せ、漢時代以後もいろいろな器具に金を塗布して装飾することが行われた。

参照 : DK-203DK-207
● 時代 : 南北朝時代(AD420〜589)
● サイズ : 高さ 3cm×印面 2.2cm
● 価格 : \

印面も全体金のメッキが施され、印鈕は生き生きとした亀の立体彫刻。中国人は亀に対して瑞祥として崇敬の念を持っている。既に八千年前から亀は人々に礼を以って遇され、河南省中部では人を葬る時、亀甲を頭の上方に置いた。六千年前の山東では、死後亀の殻を腰間に置く習慣があった。三千年余り前の晩商の帝王は二百七十三年の長きにわたって、毎月のように亀甲を用いて占と亀甲のヒビで吉凶を占い、政務を処理した。前後両漢から魏・晋の世でも王侯高官の印には亀鈕多く用いられており、神聖視されていたと知れる。東晋以前の銅印は紙上でなく「封泥」に用いられた。この習慣は東晋以後次第に廃れたが、銅印の篆刻法と文字の配置などは方寸の芸術として開花し、現在に至る。遅くとも漢時代には亀が千歳の象徴として認められている。印面は「南浴尚官」。

参照 : DK-192
● 別角度画像 → 全体握柄部剣首剣格 ● 別角度画像 → 前後印面印影

▼ DK-310 ▼ DK-311

金貼緑松石・瑪瑙象嵌鏡

青銅鍍金銀温酒尊
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 1.5cm×径 12cm
● 価格 : \

裏面は純金で装飾される。外区には草花文を、内区には花唐草文を、鈕の頂上には赤瑪瑙、左右には緑松石の半球を嵌め込んで装飾する華麗な鏡。草花・花唐草は細金線で、地は鎮珠という1mmに満たない極小小金粒を緻密に埋め込む難度の高い最高峰の技術で製作されている。鈕の紐通し穴は緑松石で塞いで装飾。唐人の豊潤かつ高雅な精神世界の様相を垣間見ることが出来ると共に、唐時代の国際色豊かで華やかな文化を象徴する作品。
7世紀からのペルシャ・ササン朝美術の流入は水が滲みてゆくように唐朝の工芸品に影響を与え、自家薬籠中に納めたといえよう。長安がエジプトのアレキサンドリアにも比するような国際都市であったことは10世紀以前の東洋においてそうめったにあるものではなく、長安の大通りを異国人が歩き回ることとなった。
また唐の美術にペルシャの影響が出てくる証拠となると、正倉院の宝物を見るより無いのであって、近時新資料出土はそれらを埋め合わせる物。

参照 : DK-290
● 時代 : 前漢時代(BC1〜AD1
● サイズ : 高さ 9.5cm×横 8.3cm
● 価格 : \

大型品は元来酒を温めるための器であって、三足は火にかける為に付けられた。蓋は伏せることが出来るように3鍔を付ける形式で戦国〜前漢にかけて最も普及した。胴面は2段に分け、下段は四葉文をはさんで走龍を、上段は左右に付けられた下げ丸環を付けた鬼面飾をはさんで走龍を、蓋部には3龍を刻し3段の帯と共に鍍金する。地は鍍銀であり、両色の醸す華麗な装飾性を持つ高級品。小型品であり、化粧具など納入したものであろう。鍍金銀を施すのは前漢の中葉から後漢の初めにかけて行われた手法。当初は眩いほどに美しかったであろう。軍巧地主の贅沢な生活を反映する作品。

参照 : DK-217
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側底面側面拡大

▼ DK-308 ▼ DK-309

鍍金柄銅剣

銅鍍金多足硯
● 時代 : 春秋晩期(BC6世紀後半〜BC476年)
● サイズ : 長さ 44cm×剣首幅 8cm
● 価格 : \

柄は鍍金され剣身は銅。銅の茎が柄の内に挿し込まれ、鋒先は柳葉の形状を呈している。柄には陽線でばんち文がいっぱい施され、勾雲状と細珠状のトルコ石が象嵌され、ち獣の角と目を表している華麗な作品。剣首(柄頭)と格には孔が彫ってある。茎の両側は文様の交錯によって五対の歯状の突起を形成している。剣身の錆味も美しい態様。
つとに知られる1992年陜西省宝鶏市出土の類品剣は柄が純金、剣身は鉄製。本品も近時西安西約200キロの宝鶏近郊墓出土。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 3cm×口径 6.6cm
● 価格 : \

8ヶの獣足で支える辟雍鏡。厚い鍍金がかかる明器。明器とは実用品以外、簡単に言えばこの世の中の全てのものの模型ということになり、前漢から後あまりに多くの明器が副葬されたので、唐代にはそれに関する制限令も出たほど。99%まであの世の存在を信じてきた中国人の場合彼らのものの考え方にはその影響が強く働き、明器を一つでも多くの墓の中へ持ち込ませることになり、おかげでこれらの遺品が現代の我々に眼福を与えてくれている。

参照 : DK-042CC-139CS-072CS-062
● 別角度画像 → 裏側柄部剣先拡大参考本 ● 別角度画像 → 上部底面拡大

▼ DK-306 ▼ DK-307

銅亀鈕印章

青銅漆金・銀・朱・黒漆羽状四獣文鏡
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2.5cm×印面 2cm角
● 価格 : \

高く盛り上げた甲、前方を見据えた頭、眼・口に刻、亀甲と台座の四囲の雲気文には銀象嵌が施される亀鈕印章。
落ち着いた銀と銅味の対比が古代金工品の持つ味わいを増している。中国の文化を理解するためには、古印は重要・必要な一つといえる。中国印章の歴史を見ると銅印時代と石印時代に分かれ、その時代は元末明初の交を界目とする。銅印時代がずいぶん長く、東周時代から石印の始まった元末民初の交まではざっと2千年になる。遅くとも漢時代には亀が千歳の象徴と認められている。漢代では将軍の下に前,後.左. 右.中の五部が設けられ各部の下に校尉が一人、司馬が一人いた。

参照 : DK-192
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 19.5cm×厚 1cm×重量 700g
● 価格 : \

三弦鈕を持ち、熊といわれる4頭を細文地模様に装飾する。銅上全面に漆を塗り、凹曲する縁と鈕を囲む帯状部には金箔を、熊(俗にカンガルー)部には銀箔を羽状地には朱彩を施す華麗な鏡。戦国時代の鏡は、中期頃を境にして大きく様相が変化、春秋後期から戦国前半期は主に三晋を中心とする中原地域と、楚を中心とする揚子江中流域とでそれぞれ独自の形式の鏡が出現する。中原では圏帯文鏡とち首文鏡がそれぞれ製作された。文様は青銅器文様と共通するものが多く、そのまま転用したものもある。また鏡面も見事に研磨されていて、鏡として完成された形態をとる。
ただし戦国鏡の遺例は少なく、鏡が広く普及したとは言い難い。本作品のような羽状獣文地鏡は楚国領域で特に流行した鏡と考えられており、漆作品の遺例が多く知られることからその関連性がうかがわれる新資料。漢代に近い頃の作品。貴族が使用したもの。

参照 : DK-052
● 別角度画像 → 後・側面印面拡大 ● 別角度画像 → 裏側側面拡大

▼ DK-304 ▼ DK-305

金貼対鳳蓮花文鏡

玉琉璃象嵌帯鈎
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 8.3cm ×鈕高 0.5cm×重量 140g
● 価格 : \

裏面を純金で装飾。内区には瑞雲の上に立ち綬を銜んだ鳳一対が左右に蓮花が上下に表し、地は極細粒の魚子文が施され、外区には帯状平面の金板が嵌め込まれる華麗な鏡。懐中用・旅行用と思われる。かって金貼鏡は発表されておらず、近年の新資料である。なんといっても中国は広大で歴史は古く、飛鳥地方さえ調査していれば足りるという日本とは大分に話が違う。鏡は唐時代にも中国伝統思想の中で用いられ、古くから認知されてきた吉祥。すなわち長生・富裕・安寧など様々な願いが込められた。ただしこの時期にはそれを豪華華麗な装飾性の強い文様に包み込んで、優れた美術工芸品に仕立て上げたといえる。

参照 : DK-290
● 時代 : 戦国時代(BC4〜BC3世紀)
● サイズ : 長さ 16.5cm×横 4.5cm
● 価格 : \

帯鈎体部中央には三壁の玉が一列に、2箇所には琉璃トンボ玉が嵌め込まれている。帯鈎の表は中央に刻された相対する龍の手・足・爪と両端の龍頭の角で三個の玉壁同様透明感ある良質白玉で作られている。体部の銅は厚く・重く、又厚い鍍金がなされる。
本品のような装飾を凝らした帯鈎は、BC3世紀の末までにはその流行は廃れたと考えられている。

参照 : DK-200
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側拡大1拡大2

▼ DK-302 ▼ DK-303

銅唐子書鎮

青銅金銀貴石象嵌鳥形鎮
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 3cm×横 5cm×奥行1.8cm
● 価格 : \

寝そべる唐子の鎮であり筆架も兼ねる。宣徳銅といわれる銅味が魅力。

参照 : DK-276DK-245
● 時代 : 戦国末期〜漢時代
● サイズ : 高さ 10.5cm×径 9.9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鳥が振返って羽根を繕う姿。全体表面を金銀、眼は黒瑪瑙、羽毛には緑松石・赤瑪瑙を象嵌する豪華華麗な逸品。グリフィンの形をひく怪鳥であるが、既に後世の鳳凰に近く模られており、当時の工人の卓越した技が一際眼を引く。袖鎮あるいは袖押さえ、墓鎮とも呼ばれているのは学術的な発掘がなされる前、墓室内での初見によっての呼称と思われる。無垢であるため重量がある。
DK-291と同墓出土。

参照 : DK-277
● 別角度画像 → 裏側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大

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 e-mail : info@antiques-oota.com