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▼ DK-300 ▼ DK-301

青銅金・緑松石・瑪瑙象嵌龍首帯鈎

青銅山岳山羊竿頭飾鑾鈴
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 21cm×幅 1.6cm
● 価格 : \

中央部には体を伸ばした怪獣が、鈎部の龍頭と下端部の猿とを繋げている。動物の目のほか9ヶ所には赤瑪瑙を施し、体表は鍍金、それぞれの連結部は銀と緑松石の象嵌で装飾する。斬新・華麗・豪華な佳品。このような華美な帯鈎は高位の人たちが晴れの場で着用、威信を示すものであった。「骨董の世界には何ともみぐるしいもの・嫌いなものが多いことか。ただ、その中に時折美しいもの見惚れてしまうものがある」 といわれるが、まさにそんな一品といえよう。近時西安から宝鶏に至る墓より出土。

参照 : DK-256DK-128
● 時代 : 戦国時代(BC8〜3世紀)
● サイズ : 高さ 28cm×胴径 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

辣韮形の内部には石製丸玉が入り台上には鹿が装飾され、下部は柄に差し込む筒となる馬鈴のオルドス青銅器。竿頭飾は中国北辺以外に中央アジア・カザフスタン・シベリアなどでもよく似た発見例がある。墓の中で棺台の四隅の柱上に付けられた例、倍葬された馬と共に発掘された例、車馬具とともに発見された例もある。このような儀器は西アジア(ヒッタイト・トランスコーカシア)に起源をもつ。オルドス(内蒙古自治区・黄河の湾曲部を指す)一帯は漢時代以前は匈奴を中心とする遊牧諸族の活動範囲であった。
早くも商時代と平行期に青銅製の器具があり以後、漢時代初期に至るまで遺品がある(参照:DK-086)が戦国〜前漢時代初期に至る時期の遺品に優れた作品が多い。南ロシアの初期スキタイ(前8世紀半〜7世紀初)に類品遺物が知られる。鹿の角は生え変わる、つまり再生を意味している。

参照 : DK-194DK-063南ロシア騎馬民族カタログ
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▼ DK-298 ▼ DK-299

銀鍍金亀座籌筒

踞坐俑銅勺
● 時代 : 唐時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 15.5cm×長さ 11cm
● 価格 : \

中国ではりゅう金亀負「輪語玉燭」籌筒などと称され、同形状大型品(高さ34.2cm×長さ24.6cm)が江蘇省鎮江市丹徒県丁卯橋窖蔵から出土している。伝統の遊戯具であって籌とは、一般には麻雀の点棒のような数取りの札を言い、筒の中に本来は入る。宴席における酒令(規則により罰杯を受ける遊び)のための籌で、筒には50枚の籌あり、1枚1枚の上半分に「論語」の一句があり、下半分には酒令すなわち罰杯に関する命令が記されている。たとえば「巧言令色、鮮矣人(仁)」 という有名な「論語」の句に「自飲五分」という令がある。筒に刻まれた「論語玉燭」という四字一句には籌に記された「論語」の語句が宴席を玉色のように照らし調和するという意味と、筒が蝋燭に似せてあることがかけられている。
蓋は翻る蓮の葉に象り、蓮実の鈕が形成。中央には唐草に龍鳳と流雲文、下部には格狭間に双鳥が表され、それらを仰形の蓮華座が支えている。筒は亀背中より外れ、蓋とは鎖でつながれる構造。特異な造形、銀と金との綾なす輝きが美しい。亀が蓬莱山を背に乗せるという作品は我国では唐招提寺・鑑真招来の亀負舎利塔が知られる。唐代貴族が楽しんだ罰杯遊戯。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 37.5cm×口径 8cm
● 価格 : \

柄の先端に腕を組み男性器を突出して座す人物の背に、丸環を付け半球状受けは片口状となり、口縁部に雲文を線刻。柄部は上方には三本の弦文、中央部・下方部に菱文を線刻する。酒を掬う品。雲南てん国の作品。杓の出土は多くない。

参照 : DK-086
参考本 : 中国製銅器全集 14 テン・昆明
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▼ DK-296 ▼ DK-297

彩漆鹿文銅鏡

青銅鍍金鸚鵡形杯
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 23.5cm×肉厚 1cm×重量 1010g
● 価格 : \ 問い合わせ

背面には全面に漆が塗られ、中央部には朱漆で瑞雲の中を駆ける3頭の鹿が、周囲の帯部には菱紋が密に描かれている。鹿の体表は恐らく黄色の漆で塗りつぶされ華麗な色合いであったろうが、経年により退色しているのは朱漆同様。鹿が鈕の周囲を回るように描かれるのは戦国中期漆絵鏡の特徴。戦国中期以降青銅鏡製作は大きく発展。周王朝の権威が極端に弱まり伝統的青銅工芸が大きな転換期を迎え、青銅鏡は新たな価値観に基づく時代を象徴するかのように発達した。漆の彩画鏡もその一つ。漆絵鏡は揚子江中流域の楚国領域で二重体鏡と共に造られた。

参照 : DK-269
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 12cm×横 18cm×奥行 12.7cm
● 価格 : \

鸚鵡を模った奇抜な形のこの杯は白磁・青磁の陶磁が知られるが、銅製は初見。唐時代吉鳥として鸚鵡や鸚哥は飼育・愛玩された。爪の表現を始めとし、全体鋭利精巧な造りは陶磁には求められないものであり、鍍金と共に唐代工芸の優品としている。銃や銀器同様、ササン朝やソグドの工芸品の影響が見られ、ソグド人の製作による可能性が高い。当時流行の形の一つであったことがわかり、やはり唐の象形杯の風習を受け継いだものであろう。「器物百年にして精霊を宿し、人を化かす」 とはよく言った事で、千数百余年経った品には妖しい魅力がたっぷり宿っているといえよう。
動物形象杯は遠くアケメネス朝ペルシャ(BC550〜BC330)で造られた銅製・金製有翼ライオンリコトンが知られる。

参照 : CC-095
参照本 : 神品とよばれたやきもの 宋磁展
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▼ DK-294 ▼ DK-295

青銅鍍金菩薩立像

銀製水盂匙
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 9cm×横 2.3cm
● 価格 : \

鍍金も厚く掛かり、顔・衣紋の鏨も鋭い観音菩薩像。

参照 : DK-035
● 時代 : 中華民国時代(20世紀)
● サイズ : 長さ 6.3cm×径 1.2cm
● 価格 : \

中国では水盂といわれる匙で1滴1滴掬う水滴が玉・瑪瑙・竹でもって多く造られている。匙は紛失していることが多い。「足良」と刻銘があり、銀製を表示している。
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▼ DK-292 ▼ DK-293

青銅鍍金玉嵌龍首帯鈎

青銅鍍金銀硯
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 15cm×横 9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

琵琶形の中央には四山・雲文様を刻む。円形白玉を、上方中央部には半球形緑瑪瑙を嵌め込んでいる。瑪瑙を囲んで左右に鳳凰が陽刻されている龍首帯鈎。
高位の人の特別注文。類品を見ない様式。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 1.7cm×横 8.4cm×奥行 6.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

風子硯。蓑形硯といわれる造形。前後の緑部には鱗形模様を鍍銀、残す全体は鍍金する。最も美しさが映える鍍金銀技法の作品。実用硯は端渓石であり、本品は明器。DK-042と同墓出土。
● 別角度画像 → 裏側拡大龍首 ● 別角度画像 → 上部底面拡大

▼ DK-290 ▼ DK-291

金貼鳥文鏡

青銅金銀象嵌鳥形鎮
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 9cm×鈕高 0.5cm×重量 100g
● 価格 : \

裏面が22K純金で装飾される。外区には花文を金線で形造り、内区は花唐草文を金線でかつ四鳥を打出し、鈕は金線で花文を造り全ての空間は鎮珠で埋める華麗な鏡。極小の金粒の技術は最高峰の技術でもってなされる。打出魚子文を鎮珠に置き換えている。純金であるからこそできる緻細工であり、まま見られる銀打出しや鍍金ではこれ程の細工は出来ない。貴族女性の高級手鏡として愛玩された袖珍鏡。純金貼鏡はかってほとんど遺品が知られておらず稀品。
唐代は西アジアから流入した金銀器の製作技術が頂点を極めた時期で、本鏡はその技術が導入されたもの。唐時代には単なる鋳造の青銅鏡には表現できない一層の装飾性と色彩的華やかさが鏡に求められた。CS-082と同墓出土品。
唐代初は金銀玉器の類を惜しみなく副葬していたが盛唐頃からは主として唐三彩を副葬するようになる。さて私はいったいに金色が好きである。お金に縁が薄いくせに、そしてまた無暗にお金を欲しがるわけでもないのに金色は実によい色だと思っている。色彩感覚としては決して一概に成金趣味などと笑うことは出来ない。そんなわけで中国の鍍金鏡は大好きだ。

参照 : DK-175DK-137DK-136DK-082
● 時代 : 戦国末期〜漢時代
● サイズ : 高さ 11cm×径 9.5cm
● 価格 : \

鳥が振り返って羽を繕うような姿。「動物意匠」の一つの形式であって戦国時代から見られるスキタイ風動物意匠の影響。鳥はグリフィンの形を引く怪鳥であろうが、既に後世の鳳凰に近く模られている。尾羽を扇状に広げている様子はこれら鳥形器の造形上の特徴であり、清代倣古品もよく写すところである。上面に稜をもった鋭い嘴や先の尖った爪の表現も熊と同様、当時の工人が意を用いたところ。全体を金と銀の象嵌で表す華麗豪華さで一際目を引く遺品である。底板は嵌め込まれているが、鉛などは充填されず軽量。錆がうっすらと生じ、伝世器にはない古意ある風情が好ましい。鎮として大型品。
このような象嵌技術は当時の新しい技法であり、青銅器の鋳造技術が最高水準にあったと知れるし、周王朝の伝統的様式を模倣しようとしたものでないことがわかる好例。2000年余前のこれ程の皇家の品が撫玩できること、嬉しい眼福といえる。

参照 : DK-212DK-102DK-080DK-079
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 前後底面拡大

▼ DK-288 ▼ DK-289

銅車馬

銀鍍金鳳凰獅子文盒
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 22cm×長さ 50cm×奥行 28cm
   (馬 - 高さ 20×長さ 22×奥行 6)
● 価格 : \

1980年始皇帝陵から4頭立ての2両の銅馬車が発見された。ともに青銅製の2輪車で、御者や馬には彩色が施され車の中はカラフルな絵がびっしりと描かれていた。長さは先導車の1号車が2.25メートル、後方の2号車が3.17メートル、どちらも実物の馬車の2分の1の精巧な模型であった。本品は2号車の形式で安車といわれるもの。 上部が楕円形、下部が四角形となり車体の前に御者が座り、後は主人が乗るところ。屋根は長方楕円形の覆いになっており、古代の観念によれば円形の車の屋根は天を、ボックス型の席は地を象徴し、スポークを持つ車輪は日月の光を象徴するもので、この安車のデザインはこうした「天は丸く地は方」という観念に完全に合致している。車体と馬とは湾曲した金具で轅に繋がり、轅横木には中央2頭分の押さえが付けられている。両端の2頭は頭に面繋いが付けられ、馬は、馬銜から馭者の両手にと繋がる鎖が取り付けられる。後方には扉上部に「安車」と描かれた文字が鋳出されている。屋根は亀の甲形であり、斜線文が施され周囲には飾り物を取り付けたであろう金具が施されていいる。安車は始皇帝の専用車(またの名をおんりょう車)で秦王朝最高級の馬車であった。始皇帝は5度目の巡幸の途中、沙丘の平台で死亡し、丞相の李斯は遺体をこの車の中に安置して秘密裡に都へ運んだ。全神経を車馬を操ることに集中している表情をはじめ、全体・正確・詳細に造られている。
● 時代 : 唐時代(8世紀)
● サイズ : 高さ 3.8cm×径 7.3cm
   
● 価格 : \ 問い合わせ

唐代前半期(7〜8世紀頃)は、中国における金銀器生産の絶頂期であり多種多様な優れた出来映えの品々が生み出され、宮廷を始めとする貴族層を中心にもてはやされた。蓋裏と身裏には花唐草が表され、その中心に双獅子と鳳凰が表現される。側面には草文がめぐる。いずれも地には微小な魚々子が整然と並び、全体に細微が尽くされている。厚手の器体上に深く・鋭く・的確に打ち込まれた鏨によって、生動感溢れる文様が見事に表現され、唐代前半期の金銀器の美質が集約された秀作。合子は中国では古くから用いられていた容器で大小さまざまなものがあり、歴代に渡って大量に製作された。化粧料や薬剤、或いは宝玉といった比較的小さなものを入れたり香合として使用したり用途は多岐にわたる。
円形の他に花形や蝶形、貝型といった多様な形式の遺品が知られている。

参照 : DK-222DK-216DK-193DK-175
● 別角度画像 → 御者車体上部分割 ● 別角度画像 → 外側内側拡大

▼ DK-286 ▼ DK-287

青銅鼎

青銅銀錯狩猟文壺
● 時代 : 西周中期(BC10世紀〜BC9世紀)
● サイズ : 高さ 23cm×径 22.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

大きな耳が立ち、腹部は垂れて平底となり、三本の足を持つ。腹部上面に6ヶの細長い龍文が左右対称に向かい合う位置で装飾される。西周前期には青銅器はそれまでの豪華で華麗な器形から簡素で実用的なものへと変化し、文様も簡潔となる。酒器が減少して食器が多くなり、列鼎と編鐘の礼器制度が確立した。文様は怪獣の怖さは薄れ、次第に図案化された文様となる。すなわち殷代来の呪術的な宗教性の強かったものから儀礼的な性格へと変わっていった。浮彫り龍文は立体的で力強く・明瞭にあらわされ散在して付着した錆色と白銅質肌色の対比も美しく、銅器鑑賞の魅力を知らしめてくれる。
周は前771年に後継者争いの内乱と北方の異民族である犬戎の侵入によって幽王が殺され一端滅びたが、その子の平王が前770年に洛邑で即位し、周を再建した。前771年までを西周時代、前770から後を東周時代と呼んでいる。周が王朝としての実力を保っていたのは西周時代までであったが、それも西周中期以後は衰えていったことが知られている。周原においては、青銅器を多数埋納した窖蔵(埋納坑)がときおり発見され、これらは西周時代末の動乱の際に埋められたもの。周代の封建制度は社会の秩序を整え、人の心を和らげるものとして礼儀や音楽が重視された。音楽を演奏するためのセットになった鐘がしばしば作られたが、これはこの礼楽に関連するもの。

参照 : DK-214DK-215
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 22.5cm×径 18cm
● 価格 : \

全体を六区画に分け、それぞれに密な銀錯を施す。最上段の双龍文と交互に狩猟文を口縁下と肩部と、高台部には鳥文を施す。狩猟文は弓を持つ人物・弓と戈を持ち腰に剣を差し、子供を従える人物・戈を構える人物が意匠され、蓋は四葉文が鋳出され縁周りは銀錯が施される。左右には獣面が付く。
錯は中国では精密な鋳造技法と鋼鉄製の工具の発明とが相まって春秋中期に始まる。一般に青銅器に錯を施す場合には予め文様となる部分を凹溝となるように鋳造し、型から取り外した後に鋼鉄の鏨や鑿で溝の横断面が台形となるように調整する。ここに金・銀・銅の薄板や針金を打ち込み、砥石か木炭の木口で研ぎ出して完成する。錯の他にラピスラズリーやトルコ石を象嵌することもあり、これらが精緻な戦国時代の青銅器を一層華麗なものにしている。
壺は据え置いて酒や水を蓄える器で、春秋戦国期に表われた器形であり器形全体が流れるような曲線で、胴部に3〜4本の界圏が巡らされるのがこの式の特徴。やがてくびれのきつい漢時代の鐘につながる戦国時代から漢にかけての重要な器形の一つ。単位文様の反復装飾が多い中、狩猟文は稀少。銀錯が艶ややに輝き美しく優品である。青銅器は製造技術が複雑で生産コストが高く価格も高いため、王族や貴族に独占され、宮殿に秘蔵される工芸品であった。
射は士の階層の人々が広く訓練した技芸のひとつであり、これは貴族が矢を射る練習をしている場面。

参照 : DK-224
● 別角度画像 → 裏面内側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面蓋部底面拡大

▼ DK-284 ▼ DK-285

青銅鍍金亀鈕印章

鍍金双鳥双獣八稜鏡
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 1.5cm×印面角 1.6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

頭を突き出し後足で踏ん張る亀鈕印章。官吏に任命されると職印と綬を拝受して身に付ける 「印綬を帯ぶ」のは官に就くことであり、官を辞せば「印綬を解く」のである。官を辞すと公印はお上へ返戻し、その人が死去すれば生前使用した私印とかっての官職名を刻して一緒に埋葬した。この時代の印の重さは到底現今の比ではなく、公印を紛失して誅殺された例は史記や漢書に書かれている。

参照 : DK-084
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 10.3cm×厚 1.3cm×重量 260g
● 価格 : \

八花形に象った縁部の外側面には蝶・花文を、内区には唐草と双鳥・双獣をあらわし、厚い鍍金を施す。八稜・八花鏡は初唐末の初現であり、これらの青銅鏡は銀器・三彩陶と共に盛唐の華とも言うべき文物であり、時代を反映した種々の図柄が背面を飾る。唐三彩の変化に富んだ装飾は、貼花あるいは印花によることが多いが、鏡背の装飾も単位文様を型によって作り、それらを型の本体に貼り付けて構成した。その際蝋型技法が応用されている。単位文様の種類は数多くあり、それらを自由に組み合わせて貼り付けることをすれば意匠は多様な変化を見せることになる。
● 別角度画像 → 裏側後面印面・印影 ● 別角度画像 → 裏面側面拡大

▼ DK-282 ▼ DK-283

青銅双鯉文鏡

青銅東王父西王母車馬画象鏡
● 時代 : 金時代
● サイズ : 径 19.5cm×厚さ 2cm×重量 1400g
● 価格 : \ 問い合わせ

内区には波文を地に双鯉があらわされる。おそらく二十四孝にも教えられる双鯉魚出の故事にもとずく吉祥であろう。鈕横に「筑子屈官造」銘が有る。鏡背面全体に表出する緑青が美しい。
和泉市 久保惣記念美術館蔵「承安三年」銘の類品が知られ、金〜元時代に多く作られた図柄。金は女真族の建てた政権(1115〜1234)でモンゴル(蒙古)に滅ぼされ、10帝・120年間で終わった。
双魚の文様は金代の銅鏡では多いデザインで女真人の生活における漁猟の重要性を反映している。
● 時代 : 後漢中期
● サイズ : 径 27.5cm×厚さ 3cm×重量 3kg
● 価格 : \ 問い合わせ

外側は内傾、緩やかに続く斜面に鋸歯文2列がめぐらされる。一段下がって線文・凸圏(2重)・内区・連珠・円座・鈕とつづき内区の4乳にも連珠がめぐらされる。画象は東王父・西王母それに4頭の馬が引く車の図で、王母と王父には「西王母」「東王公」の文字も表されて2神ともに仙人が侍坐し、踊人が彫りあらわされている。
西王母の住む神仙世界の一光景を表現している。人々の現世の生活に利益を与えてくれるものであり、彼らの住む世界は人々が来世には生まれ変わって住みたいとひたすら希求していた世界でも有った。
鮮鋭な彫りで鋳上がりも最高の作品。紹興鏡といわれる品で、浙江省紹興・四家郷の古墓から出土したという伝聞をもって一時に将来された青銅鏡に対する呼称であり、紹興に近い無錫の近辺は錫の産地であり、産鏡の条件は整っていた。従来言及されているように、これも江南のいずれかの地において製作されたものであろう。紹興鏡の画像は、型材を深く彫り、鋳上がりは浮彫りの様態となりこれは紹興鏡に近い時期の造鏡に共通する特徴で、以後に長く継承される。径20cmを超える鏡は一段と見栄えがすることを持って市価も高いし、紹興鏡は材質脆さのため破損して出土することが多く、鏡面を蝋・漆でもって塗布している品が殆どであり無傷は貴重である。
● 別角度画像 → 裏面側面拡大 ● 別角度画像 → 裏面側面拡大

▼ DK-280 ▼ DK-281

銅騎乗人物

舞鳳双獣八稜鏡
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 8.2cm×横 7.5cm
● 価格 : \

香炉・置物としてしばしば製作される。道教の始祖である老子が水牛に乗って如意と巻物を持った姿で表現されるが、本品は馬であり高仕遊行であろう。日本では「乗ったり」と呼んでいる造型。
銅味も良く、小品勿ら人物・馬の表情も活々と力強く確かな時代を感じさせる文房飾具。日本伝来品。
● 時代 : 盛唐時代(7〜8世紀前半)
● サイズ : 径 20.5cm×厚さ 1cm×重量 1300g
● 価格 : \ 問い合わせ

鈕は伏獣形。鏡背面に草花と戯れる蜂・蝶を配した間に鳳凰とさん猊を交互に配する。外区には花枝文・飛鳥が描かれる8世紀前半の華やかな雰囲気に満ちた鏡背。肉厚であって緻密な青銅。表裏全体にうっすらとでる錆色も美しく文様の鋳上も優れ、稜角も鋭い優品である。
海獣の「海」という字は海馬・海石榴というのと同じように、「海のかなたの」という意味で、かける2匹と鈕の獅子を海獣と呼ぶ。
盛唐時代の鏡の文様は思想性が影を潜め、これに変わって人々の趣向を敏感に反映した。写実性・装飾性に富んだ図柄がもてはやされるようになる。中国の鏡の最後の最盛期が始まる(日本では飛鳥〜奈良時代)

参照 : DK-181

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▼ DK-278 ▼ DK-279

銀鍍金蜂団華文薫球

青銅武人
● 時代 : 唐時代(9世紀)
● サイズ : 全長 30cm×口径 7.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

身や服に香りを帯びるために携帯するいわば香袋。内部の小皿に香を入れて焚きしめ、上部に付いた鎖を腰帯などに留めて使用した。内部の小皿は二重の環(リング)によって支持され、それらの環は各々独立して回転する仕組みとなっていて、器全体が揺れ動いても香を載せる小皿は常に水平を保つよう造作されている。表面には花文を刻んでその間に透かしをもうけ、6匹の蜂が飛び交う団華文を3個、間の菱形文にも蜂が意匠され鍍金を施す。吊り下げ部も鎖の他部は鍍金がなされる。色彩の鮮やかな対比や各種の文様の巧みな組み合わせ、また香りが漂うための小孔を多数開けるいう実用上の配慮など全体に巧みな設計がなされている。

参照 : DK-237DK-234
● 時代 : 春秋戦国時代(BC6〜5)
● サイズ : 高さ 33.5cm×横 13cm×奥行 7.5cm
● 価格 : \

長剣を帯に差し、斧を振りかざす勢いの武人。
類品はペルシャ ルリスタン青銅器にみられる。腰下には何段に銘文が刻される。採取地は香港。

参照 : DK-250
● 別角度画像 → 全体内部拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大

▼ DK-276 ▼ DK-277

青銅獅子鎮

青銅金銀青石瑪瑙象嵌辟邪鎮
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 4.3cm×幅 7.3cm×奥行 6cm
● 価格 : \

大きく口を開けた獅子の筆架も兼ねる鎮。
日本伝世品。

参照 : DK-245
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 横 10cm×高さ 4.6cm×奥行 7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

対表面全体を金銀で、目を始め他2ヶ所にオニックスを、又松緑石を2箇所に赤瑪瑙を4箇所象嵌する華麗な辟邪の意を持つ墓鎮。見るものを威圧する造形であり、全身に生気が漲る。高度な象嵌技法が駆使されている。春秋時代後半から漢代にかけては青銅器に金・銀・貴石の象嵌を施すことが流行し、鎮・帯鈎は特に優れた緻密な象嵌作品が見られ、中国古代金工品の魅力の奥深さが虜にする。
香港著名収蔵家旧蔵品。

参照 : DK-212DK-256
● 別角度画像 → 後・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 前・後面背面底面拡大

▼ DK-274 ▼ DK-275

銀鍍金 箸

青銅鍍金人物鈕印章
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 長さ 24cm
● 価格 : \ 問い合わせ

箸の始まりがいつ頃のことか明確でないが、中国では紀元前2世紀頃から作例が知られ、食べ物を挟みとるばかりでなく炭をつまむ際などにも用いられた。以後、各時代を通じて基本的な形態や用法に大きな変化はなく、今日まで日常不可欠の器物の一つとして連綿と使われ続けている。持ち手のところに菱文が刻まれ、鍍金が施された最上級品。
鎖で連結されているので素材の貴重性から宮中での茶事の債、茶の湯を沸かす同炉の炭を挟むための茶具の一種とも見られる。かっての貴族層のなお豪奢な生活が偲ばれる。法門寺地宮からも2点類品が出土している。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 3.6cm×印面角 0.9cm
● 価格 : \

片方の長袖を腰から後へ回し、裾を円形に広げて立つ姿の女人を鈕とする。頭上には下げ環が一体で形成されており、まさに佩帯したと知れる。
目鼻・衣紋の鏨刻は鋭く厚い鍍金が施される。鼻・瓦・亀・壇鈕が中国古璽印鈕には多いが、辟邪・駝・馬・魚・蛇を始め塔鈕など稀少な鈕もあり、本品の如く人物鈕は類品を見ない。秦による統一以前「文字は形を異にし」ており「馬」の字を例にとっても各国で書き方が異なった。秦による統一後、「小篆」が統一された法定の文字となった。印面は「日利」。

参照 : DK-220DK-192GK-139
● 別角度画像 → 先端拡大参考本 ● 別角度画像 → 裏・側面印面印影

▼ DK-272 ▼ DK-273

銀瓜型盒

青銅金銀錯帯鈎
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 1.5cm×口径 3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

上・下同形状、八陵瓜型銀製盒ミニアチュア。一畝の上面に飛鳥と雲文、側面に雲文を陽刻し、間は極微細魚子文で埋めている。脂粉や香料を入れた容器。
金銀器は唐代には宮廷や上流階級を中心にとりわけもてはやされたようで、金色と銀色とが織り成す光輝鮮やかな彩りや異国趣味が反映された斬新な意匠。そして躍動感溢れる造形等唐代文化の精髄が凝縮された当時の代表的な器物である。唐人の豊潤かつ高雅な精神世界の様相が垣間見ることが出来る。

参照 : DK-175
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 17cm×高さ 3.5cm×奥行 2.5cm
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春秋・戦国時代、中国は軍事的な意味もあって盛んに北・西の胡族と交渉をもった。騎馬戦法とそれにともなう武器・武具・胡服と呼ばれる衣服の制も遊牧民から習得した文化の一部で、騎馬に便利なズボンと上着からなる胡服の革帯が不可欠であった帯鈎はその胡服の革帯のバックル。兵士などが用いた実用の帯鈎は概して小型で素文であったが、高位の人々のものは大型かつ華美であった。装飾には青銅に金や銀を張り包むものから、金錯・銀錯・鍍金・鍍銀・緑松石や玉・ガラスの象嵌と多彩である。また金製・銀製・骨牙・ガラスの帯鈎もあり、王族などは玉製のものを着用した。本品は双龍頭の体表・裏面・フック部と空間を埋め尽くす金・銀錯が華麗・濃艶に施される重厚な帯鈎。

参照 : DK-197
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