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▼ DK-270 ▼ DK-271

青銅たい

銀製鍍金簪
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 11.2cm×横 4.5cm×奥行 2.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

長い柄の上部に龍首・戈が付く杖の下部先端に付ける石づき。
そんの中部には鋳造で鳥が表わされている。柄は反ったり撓んだりしないように断面は卵形をしているので、そんも断面卵形で下が細まった形をしている。
春秋後期頃より鳥や獣方の鬼神を意匠に用いて変化に富むものが作られた。抜けは鋭く、羽毛は細微である。
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : A/長さ 15cm、B/長さ 13cm
● 価格 : \ 50,000

A 錫杖形
頭部は鍍金。遊環が2個づつ付き、揺れる造りは商品ながら神経が行き届いている。

B 瓢箪型
頭部は鍍金。瓢箪には子孫繁栄の願いが込められている。婦女子の装身具に相応しい華やかさが巧みに演出されている。

参照 : DK-252
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▼ DK-268 ▼ DK-269

銅印

彩漆鳥文銅鏡
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : A(左)/高さ 1.1cm、印面 1.2×1.6cm
B(右)/高さ 0.7cm、印面 0.7×0.9cm
● 価格 : \ 100,000

鼻鈕。印というものがいつ頃から作られ使われたかということは、未だ明らかにされていないが、遺品によって確認できるのは戦国時代以後。紙が発明されるまでは、もっぱら封泥に印するために作られたもの。戦国時代の印は、漢代以降のものに比べ小さいが、文字の彫りが深く、筆画の肥痩がない。その均質の筆画と青銅器の鋳出しの文様のような角の取れた力強さが後世の刻字にはない固有の味わいとなって古印収集家を魅力する。私印。
● 時代 : 戦国時代(BC4〜3世紀)
● サイズ : 口径 10.5cm×肉厚 0.3cm×重量 160g
● 価格 : \


青銅製の小型円鏡。鏡面は本来は磨かれ銀色ないし金色に光っていたのであろうが、現在は鈍い灰色を呈している。背面には全面に漆が塗られている。まず黒漆を塗り、その上に朱漆で流麗に鳥文を描いている。鳥は鈕の周囲を回るように描かれ、幽遠な世界を表わす。当時発達を極めた優美なデザインを鏡に応用した戦国期らしい作品。

参照 : DK-233
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▼ DK-266 ▼ DK-267

青銅鍍金仏坐像

銅印
● 時代 : 五胡十六国時代
● サイズ : 高さ 7.3cm
● 価格 : \

中国に仏教信仰が広がり始めた頃の鍍金仏は、わずかに一・二例が知られているだけであるが、その顔つきや着衣の様はガンダーラ直系の造形を示す。それに続いて恐らく4〜5世紀初頭にかけて、逆に稚拙とも言うべき仏坐像が出現する。中国の北部は北辺の諸族が南下して占め、やがて北魏が統一を果たすことになるが、その頃北地で製作されたものと考えられている。本来は台座の裏面に柄があるので光背を有した。一般に「古式金銅仏」と通称されている。台座の前面に彫り出されているのは守護の獅子を前から捉えた姿で、衣紋や頭髪とともに鋳上がった後で刻出されている。型に彫るのと違って、小さく・固い金属面を刻むために目鼻が顔面に対して大きくやや粗い彫りになるが、それが独特の表情となってあらわれる。
小型で簡略な形姿から、移動生活を営む遊牧民の家族的・個人的な信仰対象であったと推測される。西安や洛陽といった歴代の仏教中心地において、北魏時代以前に遡る造像遺例がほとんど知られていない今日、当時の仏教交流の実態を探る上でこの北辺の金銅仏のもつ意義は極めて重要。

参照 : DK-168
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 全高 2cm×台高 0.8cm×印面角 2.3cm
● 価格 : \

鼻鈕印章。
官印は官吏の身分を証するものとして与えられ、退官時返上した。官吏はこれを佩帯し、文書や公益の物品に鈕をかけ、封泥で封をした上に押印した。印面の刻は鋭く、古印の魅力を横溢する。又、単なる賞眼だけでなく、各時代の印風・印芸の妙味を理解できるうえ、各王朝の官制・印制の変遷を窺える古代印章は貴重な資料でもある。
印面は「校尉之印」官印。近時官職印で文献に未見のものも出土し、非常に貴重なもの。
官吏に任命されると職印と綬を拝受して身に付ける。「印綬」を帯ぶのは官につくことであり、官を辞せば「印綬を解く」のである。公印を紛失して抹殺された例は史記や漢書などにも多く、この時代の印の重さは到底現今の比ではない。
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▼ DK-264 ▼ DK-265

青銅虎符

鍍金熊鎮子
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3.5cm×横 11.5cm×厚み 4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

虎符は虎型をした死者往来のための割符。漢代には銅虎符と竹符の二種が有り、軍使には虎符が用いられた。軍の太守と朝廷の間に第1から第5まで5つの虎符を作り、太守は赴任に際して片身を持して行く。事が起こり、軍を発する必要が生じたときには朝廷に残されている片身の部分を持って軍使が郡へ向かい、太守は使者の符と自分の符を合わせて使者の真偽を確かめた。背稜に刻で表された文字は「国共北平」 「冗国」。
将軍に左符を渡し、皇帝は右符を手元に置いた。裏側には合わせて一体とする時の三角形の凸起が3ヶある。怪異な顔相をしている「符合」という言葉の由来もここから来ている。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 6cm×横 4.5cm×奥行 5cm
● 価格 : \

うずくまり、両手を広げ一歩踏み出した漢時代特有形態の熊。体表には線彫りで毛並みが入り、造型は厳しく厚い鍍金とともに魅力ある。
内は空洞であり、鉛をつめて鎮としたもの。熊は吉祥動物であり、辟邪の意味もあったと考えられ、漢時代は多く銅・石でもって造型された。

参照 : DK-107GK-178
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▼ DK-262 ▼ DK-263

楼閣人物鍍金簪

青銅蟠ち紋人形そん
● 時代 : 明〜清初時代
● サイズ : 長さ 12.7cm×横 7.5cm
● 価格 : \

細線でもって数層となる楼閣・三人の人物・四囲を飾る花を形作る驚くべき細緻な細工で作られている簪。細金の高度な技術を駆使して作り上げるコウ絲といわれ、漢時代から続く技法。銀製鍍金製。 中国人にとって身を飾るということは決して不用意に出来ることではなかった。男性も着飾るためばかりでなく、階級を示す意味でも個人的な装身具を身に付けた。装飾品は一目見ただけでその持ち主が中国の厳格な社会階級のどこに所属するかを示すことが出来、初期王朝時代から帯鈎と帯金具が男性にとっては最も重要な宝飾品であり、一方女性は美しいヘアピンと櫛で手の込んだ髪形を飾った。中国女性は髪に特別の注意を払ったことは歴史が証明しており、いつの時代でも婦人の装身具には華やかさが求められる。明・清朝の皇帝生活は一夫多妻だったので、皇后や后妃などは身に付ける宝石などで位を区別していた。
1958年江西省南城県益庄王墓(明・成祖・永楽22年 AD1424年)より同形態金製簪が出土しており、楼閣人物簪は好まれた意匠で継続して元代から続いている。

参照 : GK-094
● 時代 : 戦国時代前期
● サイズ : 高さ 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

銅剣を腰に差し、両手で頭上に円筒を抱え座す銅そん。そんの3ヶ所帯状に蟠ち紋・雲紋が鋳出されている。紋飾は江南地方文化特徴のもの。
槍や矛の絵の下端に付ける石づきの部分であり、中原のそんの形状とはおおいに相違する。(ほぼ3.8メートルの長柄の武器)。
上部に鳩杖を組み合わせても用いられた。
百越の一派越国の作品。戦国時代越国は内乱に明け暮れ国力は衰弱、ほどなくして楚国に滅ぼされた。

参考本 :
中国流域文化大系 呉越文化
中国製銅器全集D 工芸編 青銅器U
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▼ DK-260 ▼ DK-261

青銅金具

青銅闘獣文金具
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 4.5cm×横 18.3cm×厚み 0.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

始皇帝の命を狙った最も有名な刺客は荊軻であるが(「史記」刺客列伝にその事件の顛末が載っている)、この事件を題材にしている。荊軻は秦王政が賞金をかけて捜索していた秦の亡命将軍の首と、燕の領土のうち肥沃な土地の地図を手土産に秦に乗り込んでいく。秦王をとらえ匕首を突きつけるが、間一髪で秦王は身をかわす情景を型押しで表現している。荊軻・秦王・秦威咸陽の文字が刻され、秦王を襲う荊軻・逃げ惑う秦王・怯える秦舞陽や亡命将軍の首・柱に刺さった匕首などが肉厚に表現されている。この事件はなかば伝説化して広く伝わり、後漢の墓から発見された画像石にもこの事件を題材にしたものが見られる。 裏に止め具は無いので、バックルではなく装飾金具としての要であろう。
この暗殺事件は燕国の滅亡を早めたが荊軻は義士の代表的人物としてその後もずつと人々の間に伝わり賞賛され続けている。
● 時代 : 戦国〜前漢時代
● サイズ : 高さ 5.5cm×横 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ

闘獣文(動物意匠)というもとはスキタイ等ユーラシア大陸の北辺に広がった遊牧民族が共有した虎や狼などの肉食獣狩猟の対象となる鹿や猪・羊や馬などの家畜を主題とした文様装飾を言う。戦国時代に匈奴等を通じてこのスキタイ系の文化に触れた漢民族も彼らの装身具や器具の装飾としてこの動物意匠を取り入れた。主題は強者に対する信仰、狩猟の成功や家畜の豊穣という願いが込められていたものと考えられるが、中国では従来の龍や鳳凰などの神獣とも交じり合い、独自の展開を見せる。匈奴の動物意匠はよりスキタイ系の意匠に近く、それらは一般にオルドス青銅器と呼ばれている。また動物意匠は南に下り、南中国の雲南を中心とする一帯に伝わり、蝋型鋳造と相まって独特の様式を生み出してもいる。動物意匠の表現は躍動し絡み合う動物の姿態と筋肉の写実を特徴とするが、それらは彼らの生活に密着した観察の結果であると共に、ギリシャや西アジア様式の影響がうかがわれる。裏面には帯通し金具が取り付けられ、左右一対で腹前を飾った。馬に襲いかかる狼と熊を表す。
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▼ DK-258 ▼ DK-259

鍍金亀鈕印章

青銅筒
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 2cm×印面角 2.3cm
● 価格 : \

頭を突き出す亀鈕で、亀甲・眼・足等鋭い鏨が入る。堅固な造型、鍍金も厚くかかり一段と芸術性が高い魅力的な印章。
印面は、篆書体で「東城候印」。官印。
「候」は数千人を統帥する長。一万人を統帥する「校尉」の下の階級であり、下は1000人を統帥する「二五百主」。

参照 : DK-155
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 22cm×円筒径 3.1cm×台座径 4cm
● 価格 : \

針と糸を入れる容器。円筒形で本体には7区に分けた交互に鳥文と蛇文が鋳出され、顔は虎・体は人間のしゃがんだ3体でもって支え、蓋は怪獣の鈕。精緻細密な模様構成は驚くべきものがある。
「西南夷」といわれる漢代異民族総称の西南地区テン族の作品。今の雲南省には存在しない2千数百年前、テン人の活動地区は現在の雲南省昆明テン池付近で前漢(BC109年)武帝が金印を授け王に封じた。
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▼ DK-256 ▼ DK-257

青銅金銀錯緑松石象嵌帯鈎

獣面文平底爵
● 時代 : 東周時代後期(前3世紀)
● サイズ : 長さ 17cm×横 8.5cm
● 価格 : \

今日までに知られているこの種の帯鈎の中で、最も複雑な意匠を持つ。猫科の獣が鈎の部分を形成する頭部を後方にもたげつつ、下にいる獲物を真っ直ぐ見据え、鳥の長い羽を左足の鋭い爪でぐいと引っ張って鳥の嘴を開いた頭部と首は後方に弓なりに反っている。鱗と羽毛を表した鳥の翼のうち、一方は反った首の後方から開かれて伸び、鱗状に重なり合った羽根を右前足でつかむ猫科の獣の体を覆い隠している。鳥に2本の細い鱗のある足は、翼の両側で上方に曲がっている。猫科の獣の体は鳥の羽の下から現れており、2本爪のある後足を見せている。右後足は長い鳥の尾の末端を掴む為に伸び、左後足は上方に達して鳥の反った首を捉える。
脚の背後から伸びる猫科の獣の巻き込んだ尾には縞文様とハート型のモティーフが付いている。鳥のもう一方の翼は猫科の獣の左前脚の下で上方に向けて伸びている。二対の動物の体はあらゆる部分が金銀箔で豪華に象嵌され、渦巻き文によって強調され、縞・斑点・鱗文などで変化が付けられた曲線形の文様帯が作り出されている。七つの大粒の円形のトルコ石が文様上にバランスよく配置され、彩りを加えている。裏面の円形取付具には渦文・菱文が金銀錯されている。
ほぼ同意匠、幾分小さい品を先年MIHO美術館に納入。
● 時代 : 殷時代早期(BC16〜BC15世紀)
● サイズ : 高さ 17cm×長さ 14.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

深い円筒形の身に3本の足が付き、口に二本の柱が立ったものを爵という。酒を温めるための容器で、口の一端が注ぎ口となる。平底の爵は夏晩期からあり、殷早期になると腹部に簡単な獣面文が登場する。青銅器発生の初期段階である2里頭遺址出土の爵は流も尾部も長く張り出して尖り、胴と腰部の間が極端に括れ、円形の三短足あるいは細長い三角錐形の三足が付く。これらが無文であるのに比べ本器のような鄭州期の爵は簡単な饕餮文などの装飾が凸文であらわされ、流・尾ともに短くやや厚めに作られている。胴腰の括れも緩やかになり、短胴・短足であるが、なお薄作り・平底という点で作法は近い。
緑錆の付着状況良好。色合いが極めて美しく残る優品。平底爵は極めて稀少なもの。

参照 : DK-227DK-051
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▼ DK-254 ▼ DK-255

鳥魚銜 銅斧

銅観音造像
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 15.5cm×横 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中原とは異なる填国の武器には多様な形態が見られ、近時の新資料も増し楽しい分野であり本品もその一つ。本来柄となる木棒が挿さる円筒上に、番の鴛鴦が並び一羽は魚を銜える。刃芯の中央には蛇が陽刻、円筒には菱文・雲紋・斜線文が密に刻まれ、鳥の羽文も細微であり優れた蝋の応用技術が見られると共に、身近な鴛鴦の一瞬の動きを見事に作品化としているのは見事といえよう。
土中変化による銅味が全体美しく古代金工品の魅力を持つ。填国の斧・戈にはこのように熊・鳥・兔・鹿など動物あるいは捕虜人物装飾される品がまま知られ、常に昆明人と戦いが行われていた。抜けが厳しく、作行きは優れている。鳥が魚を衢える図案は古代文物によくみられ生殖を意味し、又鳥は強く魚は弱いものであると暗示している。

参照 : GK-027DK-064
● 時代 : 金時代(AD1115〜AD1234)
● サイズ : 高さ 21.5cm
● 価格 : \

岩上に安坐する揚柳観音(水月観音)。化仏をあらわす冠を被り、丸い大きな火炎光背を負う。垂飾のついた首飾り、裳の襞は明瞭であり厳しい造型としている。
額は狭く、眉は鼻根から弓形に広がり、目はやや吊り目で二重瞼。鼻はさほど高くなく、鼻辰溝と人中(鼻と上唇の間の溝)の凹みを作る。顎は小さく、括れを一筋刻むなど、宋代彫刻を思わせる造型である。金時代は12世紀初め、女真族が中国北方に建国し120年間続き、1234年宋とモンゴルの連合軍によって滅ぼされた。

参照 : DK-240
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▼ DK-252 ▼ DK-253

銀鍍金簪

青銅金銀錯ひつ冒
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 長さ 20cm
● 価格 : \

棒の先に龍頭を付け、角に稜形薄板3枚を吊り下げている。丸棒を叩き平らにした部分は龍の体に見立てて線刻で鱗を施す。珠を銜える龍は瓢げた表情、2ヶ所の捩れ部は一層しゃれたデザインとしている。頭を動かすと板片がゆらゆらと揺れる造り簪はすでに新石器時代・龍山文化(BC2500〜2000年頃)出土の玉・骨・緑松石製の品が知られ、古くから身分の高い階層の女性に用いられた形式。唐代には髻を高く結う風習が盛んであったこともあり、意匠を凝らした華麗な簪が多数製作され、貴婦人の髪を彩った。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 20cm×横 28cm
● 価格 : \

ひつ冒という戈のひつ(柄)の上端に装着した金具。戈はひつと戈を革紐で緊縛して固定する。ひつは木芯の周囲に数十本にのぼる剪竹を巻き構成されているため、戈を振り切った時、又目標に打撃を与えたときに生じるひつの衝撃を受け止め、ひつの分解を防ぐ役割を帯びている。中心は龍が形成され、口から後方を振り向いた猛禽鳥頭が、背には怪鳥と龍が後ろ向きに合体され複雑な一つの怪鳥形を形成している。全表面を華麗な金・銀錯を施し、鳥の眼には緑松石・黒瑪瑙を象嵌する。尾羽が後方に長く伸びるのは戈の形体に合わせ、又戈に加わった衝撃を内の方に分散させて受け止めるため。戈がしなって空を切り裂く音が猛禽の翼が風を切り獲物を狙うように、強さと俊敏さのイメージを意図しているといえる。
しかし、一般実用ひつ冒はずっと小型でありこれ程大きく華麗豪華な造りは儀礼用と思われる。スキタイ民族の動物意匠の系譜に属するもの。中国古代金工品の魔力を遺憾なく発散する。
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▼ DK-250 ▼ DK-251

兵士獲捕虜銅金具飾

銅虎鎮子
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 9cm×横 14cm
● 価格 : \

四川省昆明を中心として栄えた填国独特の貴族が衣服に付けた飾金具。填族の兵士が出征後、勝利を得て帰還した場面が表現されている。二人の兵士は分捕ってきた戦利品である牛一頭・羊2等・荒縄で縛られ子供を背負った女性一人を引き連れている。前後を行く兵士は、髪を弁髪に結った首級を手に提げている。下には首を切られた男性の体が横たわり、蛇が絡んでいる。薄板上に極めて細微な抜けのよさで製作されている。自在な蝋の応用と造形は漢民族文化にはなく、南方・インドの影響と考えられている。雲南省博物館には鍍金製同品が蔵される。裏面には止めフックが付く。蛇は大地の象徴と考えられている。
紀元前109年、漢の武帝の時代、填王は漢の中央政府の圧力のもと帰順し、金印「填王之印」を受けた。填族の青銅器には暫々捕虜が表現されているが、奴隷の多くは昆明人である。昆明人とよく戦争をし、昆明人の特徴は長髪を弁髪に結うことであった。水牛は填国の人にとって大切な財産であり、貯貝器・ボタン飾り等にも多く登場、神聖な生物であった。北方匈奴オルドス銅器に比べ、一般的に銅質は悪く、抜けの幾分甘いのが填国銅器の特徴であるが、本品の作行きは見事といえる出来映えを示している。

参照 : DK-189DK-066DK-064
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 4.5cm×横 7.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

虎が熊を襲い、熊は悲鳴をあげている造形。小宇宙の中に、抜型により迫真の動態を捉えた工匠の技は際立って優れている。 漢時代にはもっとも強い動物といわれた熊と虎。このような実情景がまま身近に見られたのであろう。
本来は底に鉛を埋め、鎮子としたもの。袖鎮・袖押さえ・墓鎮と呼ばれ、漢代遺物の持つ古き時代を思わせる幽情が好まれ、書鎮・紙鎮として愛用される。錆色の美しさはこの上なく銅上に生え、これまた古代中国金工品の魅力を発散している。

参照 : DK-080DK-079DK-001
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▼ DK-248 ▼ DK-249

銅鳥頭

銀鍍金花文 帯飾
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

用途が明確でない差込み金具。超人的な雰囲気を漂わせる鳥であって鶏冠は後頭部で巻き上がり、大きな目・鈎型の鋭い嘴を持つイヌワシを模ったと思われる。 鳥を崇め、祈りを捧げた古代人の神聖心が読み取れる造型作品で、高い鋳造成形技術がうかがわれる。三星堆祭祀坑出土の青銅製樹木(高さ384cm)の枝先には鳥が装飾されている。
黒光りのクロムメッキ、あるいは第2クロム酸による酸化処理が施されている。この技術は20世紀になってやっとドイツ人とアメリカ人が前後して特許を取得したもので、それより2000年も前にメッキする技術を身につけており、冶金史における奇跡といわれる。始皇帝秦軍の武器は強靭で鋭利であり、今日に至るもなおきらきらと光を放つのはそのため。

参照 : DK-041
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 長75、ホ具12.5、鉈尾3.2、巡方6.2×3.6、厚0.4(cm)
● 価格 : \ 問い合わせ

本来は皮製の帯に取り付けられていた帯飾り。バックルにあたるホ具とその反対の端にあたる鉈尾のほか、巡方と呼ばれる方形部、花形部の12部品からなる。
各片には細鍍金線でもって花模様を型作り、部分的に緑松石(トルコ石)・紅瑪瑙を嵌め込んで華麗な装飾としている。唐時代には、白玉や宝石などで飾り立てた帯が貴族階級を中心に流行していたようで、色合いや意匠を異にする遺品が知られている。貴族階級の豪奢な生活に一層の彩りを添えていたことがうかがわれる。バックルを除いた他のものの裏面には鍍金板が金製の釘によって取り付けられている。端具はパルメット文が模られた形状である。
唐代を代表する工芸品として(2000年東博開催国宝展にも出陳)ほぼ同意匠類品の白玉に金版を敷いた帯飾りがつとに知られ、出土墓の被葬者は初唐の貴族で貞観20年(646)に死去しており、様式から本品も唐時代初期の製作と知れる。実用品として作られた可能性は低く、下賜の品であったと考えられる。
今に残る唐時代の美術工芸の遺品により、かっての華やかな文化の実態を垣間見ることが出来る。
※パルメットとは、葉が扇方に開いた形の植物文様。

参照 : GK-060
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▼ DK-246 ▼ DK-247

鍍金銀温酒尊

銀鍍金錫杖
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

蓋部は柿帯文(柿のへたの模様)を陽刻し、丸環が付く。身部は二股に割付け、間は交互に単葉を刻し鍍金。3足で支えられる蓋物。
銅に鍍銀・部分的に鍍金の最も美しさが映える鍍金銀といわれる技法で製作されている。大型品は「温酒尊」と呼ばれ、元来は酒を温めるための器。
中国古代金石の古意ある深い魅力を味わえる。東南沿海部に居住した百越の作品であり、貴族の女性が化粧品を入れたものであろう。

参照 : DK-177DK-217DK-151
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 長さ34cm
● 価格 : \

銀製鍍金。高価な素材が使用された小ぶりの品。舎利を供養する為に製作されたものと考えられる。6角の細長い棒状に成形された柄の上端に、光背を負って蓮華座に座る如来と左右に脇侍が浮き彫り風に表現される。ハート型をした頭部は左右各3個の鐶を通した上で柄の上部に蝋付けされ、その頂部には宝珠がかたどられている。錫杖は釈迦のものであり、仏教世界における最高の権威を象徴する。
寺院の地下に作られた舎利(仏の遺骨)の安置場所に奉納されていた品で、大切な舎利に捧げるものであるため細部まで丁寧に成形されている。唐時代の仏具はさほど類例が知られるず特に錫杖の遺品は少なく貴重な遺例。仏教信仰の原点の一つである舎利信仰の中でも、法門寺の仏塔地下に祀られた舎利は古くから釈迦の真骨(本物の骨)の一つと固く信じられ中国全土から広く信仰され、1987年地宮から合計3件の錫杖が発見されており、それぞれ金・銀・青銅という異なる素材で作られ大きさも三者三様である。
近時洛陽郊外仏塔地下より2個出土。空海が唐の恵果より授かった善通寺蔵錫杖は右左に持国天・増長天を配す類型品である。

参照 : DK-146
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▼ DK-244 ▼ DK-245

青銅豆

銅唐児書鎮
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 17.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

豆は古くは木・竹・土器で作った無蓋の器で、春秋末の蔡候墓出土品に初見される。戦国期に成立した周代の器物についての様々な規定を定めた書「周礼」にも供献用の器としての記述があり、重要な器種であった。
野菜と干し肉の塩漬けや酢漬けの塩辛などを盛ったと「儀礼」に記されているが、粟や米が発見されることが多い。中原以北を中心に使用され、華南では敦・高杯形の異式豆が常用された。胴部上下には二列の剣先文・圏足・蓋上部に雲紋・細長い脚部にも剣先文が全面にわたり金象嵌される。全体美しい錆に覆われる。愛蔵するに適当な小品であり稀品。

参照本 : 「中国戦国時代の美術 -金の輝きと精緻の技-」
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 3.3cm×横8.5cm
● 価格 : \

飛翔する姿態か寝そべり前方を指差す和尚。腹部が接地、左右が浮く掴み易い特異な造型は珍しい。厳しい顔の表情・全体の造型の厳しさはさすが明時代の作品。古銅の玩味も魅力的。筆架も兼ね備えている。

参照 : DK-114
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▼ DK-242 ▼ DK-243

青銅鍍金熊灯

銅鍍金跪坐人像
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 27.3cm
● 価格 : \

油盞・灯柱・台座の三つの部分からなり、熊の母子が灯柱にあらわされている。同形状は低温釉の緑釉陶でも作られており、銅製品が実用オリジナルと知れる。全面鍍金を施し、熊の体表には羽毛を細彫りで、顔の表情は厳しい鏨が入り、台座には魚子地に花唐草が線刻され全て薄板銅の叩き出しで製作されている。
灯火器の遺品は戦国時代となって増え、いかなる形で光明を得るかということに様々な工夫が凝らされ、多様な灯火器が製作された。蝋燭の発明までにはまだ数百年を待たねばならず、灯盤に獣脂を置き、竹の砕片を縛ったものや、獣毛を捻じったものを灯芯に燃やして灯を得ている。明器の陶磁作品は多いが、本品は実用品で稀品。

参照 : DK-003DK-185DK-006
参照本 : 中国美術全集@ 工芸編 陶磁@
● 時代 : 前13世紀〜前11世紀
● サイズ : 高さ 16cm
● 価格 : \ 問い合わせ

この姿の銅人は三星堆祭祀坑からも出土しており、玉璋にも刻される。太い眉・アーモンド型のつり上がった眼・大きな耳・高い鼻・閉じた唇など三星堆特有の人面具と同じ顔をしているので仮面を被った姿であろう。

参照 : DK-133
● 別角度画像 → 側面底面表情油盞 ● 別角度画像 → 前・後面底面拡大

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