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CM-059
CM-060

褐釉刻花牡丹文双耳瓶

油滴天目碗
● 時代 : 金時代(AD1115〜1234)
● サイズ : 高さ 28.5cm×胴径 17cm
● 価格 : \ 100,000

磁州窯。
飴釉に牡丹花と蕾をスピード感ある線刻で装飾する。金代陶磁は北宋陶磁の高貴さの象徴であった白磁と青磁が凋落していくのに対して、鉄絵や黒釉陶に奔放なほどの強い表現力が宿っていて生命感溢れる野趣な陶芸となって金代の民衆の活気を知らしてくれる。黒釉陶には掻き落し鉄銹花の技法も金代に流行した。

参照 : CM-021
● 時代 : 南宋時代(12〜3世紀)
● サイズ : 高さ 6.8cm×口径 12.5cm
● 価格 : \

建窯。
見込みに厚く掛かった黒釉面全体に茶褐色の金属製の光沢が現れている。無数の油滴が虹のように輝く光彩は見事である。厚く掛かった黒釉は腰の辺りでほぼ一線を成して切れている。口縁部は釉が流れてやや薄く茶味を帯びる。天目は12世紀前半には既に日本に渡来しており、歴史に残る人物との係りで記録されるようになるのは14世紀になってから。さらに「重宝」として大切に取り扱われるようになったのは16世紀、東山時代のこと。
中国で北宋末から南宋にかけて茶を喫する為の器であった建盞天目碗が爾来、飲茶法が変わったとはいえこれらの美しい碗を全く忘れ去ったことが不思議である。白磁も青磁も黒釉碗も、優れた作品を見ることが出来る中国で天目は日本に最も美しい作品を残している。
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CM-057
CM-058

柿釉碗

天目貼花龍文壺
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径16cm
● 価格 : \

定窯。
柿釉は天目釉と同じ鉄釉だが天目釉よりずっと鉄分が多く、柿色に焼きあがったもの。柿釉は北宋時代に流行したもので、北宋末特有の鋭い作調をしたこのような碗は定窯を始め華北のいくつかの窯で焼かれた。
宋代の人々の飲茶に対する欲求は大きく、「闘茶」という流行が生まれた。茶葉と水質の等級を見分けたり、各人の茶芸の優劣を競った。司馬光は「茶と墨とまさに相反す。茶を白を欲し、墨は黒を欲す」と考えていた。つまり茶の湯は白ければ白いほど良いという事で、白色を引き立たせるために闘茶のときに黒色の茶碗を愛用した。耀州窯・磁州窯でも柿釉が造られている。

参照 : CC-061CM-032
● 時代 : 南宋〜元時代
● サイズ : 高さ 13.5cm×胴径 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

磁州窯。
卵形壺の口縁にち虎と蝙蝠が相向かう形で貼花され、全体にたっぷりと漆黒釉が掛かる口縁部にち虎を装飾するのは元時代景徳鎮窯磁器にも見られる(参照:元〜明の染付 CB-108)。
黒は墨色であり、文字の国である中国では真黒色は大切なものであったといえる。そこには私達が好む「にじみ」や「ぼかし」が入り込む余地はない。水墨画の世界では黒は光であり・陰であり・風であり・雨であって親しみのある色であった。陶磁器にあっても人々は漆黒を追及するとともに、黒の変化を作り出すことにも熱心であり、約2千年に及ぶ中国陶磁歴史の中で黒釉陶は融通無視の世界を展開してきた。耀州窯の可能性も有る。
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CM-055
CM-056

鹿文玳玻天目碗

鳳凰文玳玻天目碗
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 5.8cm×口径 15.8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

吉州窯。
飛び跳ねる鹿を3匹剪紙で抜き、灰釉を掛け、外側は鼈甲斑文が美しく現れている。宋時代盛んに行われた闘茶で使われる茶葉は国茶であり、茶は点てた時に白くなるのが最高とされ、黒い茶碗で茶の色が引き立った。玳玻天目碗のかって見られない新図柄。
● 時代 :南宋時代
● サイズ : 高さ 5.7cm×口径 15.7cm
● 価格 : \

吉州窯。
中央に梅花を周囲に2羽の飛鳥と梅花を配す。外側は鼈甲状斑文が美しく現れている。玳瑁は俗に鼈甲というので鼈甲盞もしくは、鼈盞ともいう。

参照 : CM-035
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CM-053
CM-054

禾目天目碗

魚文玳玻天目碗
● 時代 : 南宋時代(12〜13世紀)
● サイズ : 高さ 7cm×口径16cm
● 価格 : \

建窯。
口縁部が僅かに外反し、小さい高台のついた円錐形の鉢。きめの粗い黒褐色の胎に光沢のある黒釉が裾の部分まで厚くかけられている。釉には建窯独特の「兎毫盞」(日本では禾目天目)と称される赤褐色の兎の細毛の様な細かい筋の文様が見える。
福建省に窯跡が発見されている建窯は、10世紀から14世紀の期間生産され、鉄分の多い南方の胎土と大量の鉄分が含まれた黒釉を用いている。兎毫は釉中の酸化鉄が飽和して生じる現象。福建は茶の産地でこれらの茶碗とともに茶も広く海外各地に輸出された。北宋時代喫茶が流行し、そのためこれらの茶碗は福建茶を愛飲した朝廷や文人から好まれ発展した。
器底には「供御」の銘が彫られ、宮廷用の御器であることをあらわしている。

参照 : CM-031CM-018
● 時代 :南宋時代
● サイズ : 高さ 6.1cm×口径 12.3cm
● 価格 : \

吉州窯。
元時代、青花魚藻文壺に描かれ知られるケツ魚が3匹、剪紙で意匠される。文様の型紙部分に灰釉が掛からず黒く現れる。
外側は鼈甲斑釉で見込みの釉調とかなり異なる。高台から漏斗状に開き、口縁で立ち上がってやや端反りとなる形状。新資料図柄であって多様な技法の遺品を残した吉州窯ならではの作品。発色・釉艶とともに美しく、優品である。
唐物天目の評価は曜変天目や油滴天目など建窯で焼かれた建盞のなかの極上品が最も評価が高く、それらに次ぐものとして見込みに文様のある玳玻盞が珍重された。
近年大阪萬野美術館より移動した相国寺承天閣美術館蔵「玳玻盞天目散文茶碗」が名碗として国宝指定されている。
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CM-051
CM-052

蝶文天目碗

黒地鉄絵龍文瓶
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6.3cm×口径12,4cm
● 価格 : \

吉州窯。
9羽の蝶の剪紙を置いて、その上から淡白濁釉をふりかけ、外側は鼈甲斑釉の天目碗。すっぽん口と言われる外側から見ると匙面取りした浅い溝が巡り、茶を飲むのに大変具合の良い作り。新資料図柄。複雑多様な技法・図案でもって盛んだった吉州窯も南宋末〜元に天目茶碗が流行らなくなったため、吉州窯から大勢の工人が景徳鎮に移ったといわれる。建窯は大小の茶碗4種以外何も作っていないが、吉州窯は玳玻盞も茶碗だけでなく、壷・花瓶・鉢・置物などいろいろのものがある。足利将軍家所蔵の唐物評価を記した「君代観左右帳記」では、曜変天目や油滴天目など建窯で焼かれた建盞の中の極上品が最も評価が高く、それらに次ぐものとして見込みに文様のある玳玻盞が珍重されている。高台は極めて低く削りだされるのは吉州窯茶碗の特色であり、建盞の端正な高台に比べて対照的。
● 時代 : 金時代(1115〜1234)
● サイズ : 高さ 40cm
● 価格 : \ 問い合わせ

長胴瓶ともいう流線型の細長い器形の頂に、円錐を断ち切ったような口とそれに続く短い頸部を有する。成形後、白い化粧土で塗り遺して透明釉を施してから焼成している。透明釉はやや透明度を欠くが、その分だけ峻厳な造型にも拘わらず全体に柔和な印象を与えている。「正八」の銘は仏教の説く八正道を意味し、仏教の「八部衆」では天龍が最も神威があるとされ「天龍八郎」「神道八部」の呼称があることから本作品の装飾意匠が生まれ、おそらく仏教寺院の供器であったろうと指摘されている。磁州窯系の八村窯の作品。
南の吉州窯の剪紙技法を真似たのであろう。端然として直立する姿は品格さえ感じさせる。
幾分高い同品(46cm)が上海博物館 常設展示品として知られるが極めて稀少作品であって、我手できた喜びは大きい。

※八正道は「正見」 「正思惟」 「正語」 「正業」 「正命」 「正精進」
「正念」 「正定」
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CM-049
CM-050

魚文天目碗

黒釉白抜鉄絵鳥文梅瓶
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6cm×口径16cm
● 価格 : \ 問い合わせ

吉州窯。
伝世品には見られず、新資料と思われる三匹の魚文天目碗。型紙で抜いた魚に灰釉を掛け、外側は鼈甲斑文が美しく現れている。鼈甲そっくりになるので、玳玻盞と名付けられている。
鋭い口をしたけつ魚であって、元青花で暫々描かれる魚は吉祥を表現している。吉州窯産の茶碗の特色は意匠に工夫を凝らすことにあるが、けつ魚とは初見図柄。窯跡より完全品数点出土。
吉州窯は江西省のほぼ中央の吉安市永和鎮にある窯。南宋時代最も盛んであった。北宋時代には景徳鎮風の青白磁、明清を通じて白磁・染付を焼いた。伝世の玳玻盞が我国ほど残る国は世界のどこにもなく、海外のほとんど全ては近世出土したもの。

参照 : CM-033
● 時代 : 南宋時代〜元時代(14世紀)
● サイズ : 高さ 24cm
● 価格 : \

吉州窯。
外壁は純黒に近い。型紙を器面に貼り付けて黒釉を掛け、乾ききる前に型紙を剥がして細部に鉄絵を描き入れ、更に線彫りで黒釉を掻き落して図柄を完成させる。明確な画を浮き出し、印象的な作品としている。この種の文様を施したものは瓶に多いが、やはり食器には向かない装飾であったのだろう。
木葉天目・玳玻盞・梅花天目・鉄絵等、多様な技法の遺品を残した吉州窯特有の地方特色の強い作品であり、この鳥絵も吉州窯の代表的な図柄であるが、梅枝や梅花は様々。形はこのように肩から張ったものと下蕪形のものがある。

参照 : CJ-001
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CM-047
CM-048

黒釉天鶏壷

黒釉掻落唐草文梅瓶
● 時代 : 東晋〜南朝時代
● サイズ : 高さ 23cm
● 価格 : \

越州窯。
肩に鶏首を飾り、両脇にはこの時代の古越磁に特徴的な台形の耳がつけられ、盤口を銜え込むような形で龍を象った把手が付く。この種の鶏首の有る壷は天鶏壷と称され、越窯特有の器形で青磁の作例が多い。把手を伴うため水注のように見えるが、鶏首が注口の役割を果たすことは殆ど無く、実用器というよりむしろ明器であったと考えられている。浙江省徳清県内にあった徳清窯は黒釉の生産で著名であり、この壷はその中でも精微な優品。全体的にきりっとした滅張のある形をしており、施釉にもムラが無く、幾本もの流釉も美しい。釉薬に3〜5%の鉄分を加えた場合に青磁となり、それ以上の鉄分が加われば黒釉となる。黒釉天鶏壷は青磁に比べ遺品も少なく、かっては極めて高価な品であったが、近年発掘により入手できる事となったのが嬉しい。

参照 : CM-024
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 高さ 33cm
● 価格 : \ 問い合わせ

黒褐色釉を全体に掛け、肩部と腰部に区切って胴部には窓枠を設け、花枝文を一枝ずつ・肩部は雷文をいずれもまず輪郭線を刻し、地の釉を剥ぎ取り力強いおおらかな絵柄で表現している笠状の口縁部を持つ梅瓶。このような技法による作品は、寧夏回族自治区にある霊武窯の西夏時代の製品か山西省大同窯の作品か、まだ明らかでないところが多い。民衆の日常の用に供するために焼かれたものであり、用に徹した美がある。茶葉末釉とも言われている。軽量である。

参照 : CM-021
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CM-045
CM-046

黒地白堆線文双耳壷

木葉天目茶碗
● 時代 : 北宋〜金時代
● サイズ : 高さ 21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

磁州窯(修武窯と現在は判断されている)。
華北全域に散在した磁州窯で多く作られた。均一に筋目が表現され、端正な姿をしている。笹耳-双の造型も良く、茶方で水指として最適寸法であることも嬉しい。近代感のある文様は、日本で昔から愛陶家から好まれているもの。堆線文には文様の変化が多いが、どれを見ても芸術的な香りがあり、精神的高さのあるのはこれを生んだ時代が良かったからであろう。古窯址が400以上も有るとのことで北宋の首都べん京(今日の開封)に近く、豊かな経済的支持があったからといえる。茶方の水指として適寸法。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6cm×口径 16cm
● 価格 : \

吉州窯。
漆黒の地に一葉、禅問答をしているようで趣は深い。底に沈む一葉の木の葉、人生の無常を語るのにも似て物の哀れは一入と身にしみるのを覚える。吉州窯では多種多様な技法の品が作られているが、とりわけ木の葉天目碗は日本人に好まれ多く招来されており、近時はこの美を理解する欧米人にも人気は高い。大阪市立東洋陶磁美術館蔵重要文化財の品は、かって加賀前田家に伝来した品(径14,7cmであり、幾分小さい)

参照 : CM-039CM-022CM-005
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CM-043
CM-044

白縁天目茶碗

醤釉印花文碗
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径 14cm
● 価格 : \

笠形に広がる形状で、黒釉を二重掛けし、口縁部の釉を剥いだ後、白化粧をしてその部分にのみ透明釉を掛けている。華北一帯の磁州窯系修武窯と見られる品。南部の黒釉磁にも例がある漆黒の釉と白覆輪の対比が美事。遺品は少ない。
露胎の高台部にも錆色鉄絵具を塗っているのは油滴天目白縁茶碗同様。

参照 : CM-019
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径 16cm
● 価格 : \ 問い合わせ

定窯。
見込み鏡には菊文、周囲にはびっしりと菊唐草文、口縁下には雷文をくっきりとあらわしている。定窯で型押し製品が量産されたのは北宋後期12世紀後半〜13世紀初期と考えられており、その時代の作品と思われる。銀器を手本としているのであろう、形はいかにも鋭く、端正で薄造り、高台も極めて小さい。口縁部は無釉であり、覆輪が近世嵌められている。
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CM-041
CM-042

玳皮天目鳳凰文茶碗

鉄釉蝶文合子
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6,1cm×口径 12,2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

吉州窯。
碗の見込み鏡部に梅花を、周囲に2羽の鳳凰と瑞雲、縁下に雷文を配している。剪紙ではなくイッチン技法(強い紙で錐状の袋を作り、これに金属の嘴口を付け、泥漿を袋中に満たし、金具で閉じてある袋を指で圧して泥漿を嘴口から押し出し線を描く)で描いている。従って剪紙と相違し流麗な生き生きとした浮かび上がった表現となっている。漆黒地上、灰釉で表わされた文様との階調が美しい。外側は灰釉による鼈甲状斑文が見事に現れて見事な作行きとしている。多種多様な技法を駆使した吉州窯ならではの作品。
吉州窯は建窯と並んで、喫茶用茶碗の産地として知られ、吉州窯産の茶碗の特色は、木葉天目を始めとする意匠に工夫を凝らす点にある。茶碗の形状は直線的に広がる浅い碗との2種類がある。

参照 : CM-035CM-015
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 高さ 3,5cm×径 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

定窯。
黒定と呼ばれる藤実形の香合。蓋上面には黒釉を掛け、大きく蝶文を白抜きする。蝶には鉄斑文を、胴部・羽部には線刻を施し、身の内面は柿釉を塗っている。全体窯変により鉄錆色の変化や湿潤風化による小斑文が出ている。
黒釉陶は隋唐時代には盛んに焼成され、その後も華北一帯においては磁州窯・建窯・吉州窯など多様な展開を見せている。蝶文合子としては五代の型押し蝶文を貼り付けした「白磁蝶文合子」が知られるが定窯においては初出資料。流石、定窯ならではの品位がある洒落た意匠の工夫がある。
もともとこの形の盒は薬・化粧料などを容れ、身辺で用いたこともあり、当時の人々には親しみの深いものであった。

参照 : CM-032CC-147CW-037
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CM-039
CM-040

木葉天目茶碗

玳皮天目茶碗
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 5,8cm×径 15,7cm
● 価格 : \

吉州窯。
日本の茶人に親しみやすい雅趣あるこの木の葉の文様は、天目釉を塗った上に木葉を1枚貼り付けただけで出来上がるもの。木の葉が焼けてその木の葉の下の部分だけ灰の多い天目釉となることによって生ずるもの。従って葉は自由に動き焼き上がりの状況は千差万別であり、まさに窯神に全てが委ねられる事となる。葉の大きさ・配置と共に地の黒釉が漆黒となることが一段と美しさ・魅力を引き立てることになるわけで、本品は漆黒地上、虫喰い・葉脈・葉の破れものそのままの葉が浮き出て美しい一幅の絵画としている。
口縁部は釉が薄く褐釉となり、又それが引き締めに美しさを醸している。高台脇まで内面同様漆黒釉がかかる。吉州窯は建窯と並んで喫茶用の茶碗の産地として知られ、吉州窯産の茶碗の特色は意匠を凝らす点にある。近似窯跡出土。

参照 : CM-022CM-005
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 高さ 6cm×径 12cm
● 価格 : \ 問い合わせ

吉州窯。
文字天目といわれる碗。見込みに型紙で黒抜きに表わされた玳皮盞で「長命富貴 福寿康寧 金玉満堂」の吉祥語が菱花窓内に表わされている。我国では鴻池家伝来品が重要文化財として知られる。
外側は鼈甲釉で、内側は美しい霜降りの海鼠地である。本品は明確な文字が抜かれていない。泡立った緑茶は白濁した緑となり、黒曜石にも似た釉調がより好対照を見せることとなる。天目茶碗の口のことを鼈甲と呼ぶが、すっぽんの頭みたいな口だというのであって、外側から見ると匙面取りした浅い溝が巡った感じである。これも抹茶のための配慮であり、ここに唇を当てて茶碗をかしげると、茶は碗内に張り出したこの段落部で一端止まり、啜りに合わせて少しづつ口に流れ込む熱い抹茶を飲むには大変具合の良い作りなのである。
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CM-037
CM-038

油滴天目杯

玳皮天目茶碗
● 時代 : 金時代
● サイズ : 高さ 3,5cm×径 8cm
● 価格 : \ 130,000

懐仁窯。
小銀斑点が内外全面に美しく表わされる。油滴天目は河南・山西の北方で、南の建窯各窯で作られ、福建の建窯が最も知られる。高台の削りは流石見事に力強い。盃となる寸法は稀少。
現在重要文化財指定の藤田美術館の白覆輪油滴天目鉢、古来曜変天目とされている尾州徳川家の油滴天目茶碗は建窯でなく、華北の油滴である。建窯の油滴は銀彩の油滴で、これは焼成中の炎が還元炎であり、華北の天目は酸化炎焼成であるため、油滴が金色を呈すのが普通。

※ 参照 : CM-013
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6cm×径 12,3cm
● 価格 : \

吉州窯。
玳皮盞の特色は黒飴釉に藁灰釉をふりかけて、鼈甲釉を施すことであるが、この天目では外側は鼈甲風で見込みは双龍文となっている。双龍や珠の文様は黒飴地に型紙を置き、藁灰釉をその上から二重掛けして抜いたもので、地の部分は微妙な海鼠風になり、その中に双龍珠を争う様が鮮やかに表わされて見事。
団花天目・鸞天目・文字天目・木葉天目などと共に、玳皮盞の枠として古来珍重されている。鴻池家伝来の龍天目が著名。
宋時代盛んに行われた闘茶で使われる茶葉は団茶であり、茶碗の中で砕いて湯を注ぎ、茶と湯の混ざり具合で優劣を競った。茶は点てた時に白くなるのが最高とされ、黒い茶碗で茶の色が引き立った。

※ 参照 : CM-016
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CM-035
CM-036

玳皮天目茶碗

黒釉白堆線文双耳壷
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6cm×口径12,2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

吉州窯。
碗の見込みには梅花を、周囲に2羽の飛鳥と瑞雲を配している。剪紙を用いて表された鸞天目といわれるものであって鳥は「唐花尾長鳥」として知られる。普通は灰釉上、鳥は黒釉で表しているが、本品は「木の葉天目」同様黒釉上に上部に巡らす回文等を黄赤褐色釉で表している。
腰の辺りで少し絞った姿が特徴の形で日本に伝来する竜天目・文字天目磁窯を始めとし、多種多様な技法で造られた吉州窯碗は、玳皮天目碗に新資料図柄が近時出現し楽しい分野といえる。
外側は灰釉による鼈甲状班文が見事に現れている。高台脇から腰の削り高台の削り込みは荒々しく特色がある。素地は淡黄色を帯びた白めの土。

※ 参照 : CM-025CM026CM-015
● 時代 : 北宋〜金時代
● サイズ : 高さ 7cm
● 価格 : \

器面に白土の細い線を貼り付け黒釉を施して焼いたもの。均一に成された白泥の筋の対比が美しい。笹耳といわれる耳にも堆線は施されている。現在では山東省磁村窯、河南省の登封窯を始め数ヶ所、河南省の魯山窯等広く華北で焼かれていたことが推測されている。内面にも施釉、胎厚も薄い精作である。堆線が程好く配置され快い印象を与えるのが魅力である。 常用の器として量産された中での見事な意匠といえよう。本来の天目釉の器に対して河南天目というが、これもその一つ。大小様々あるが、程好い愛玩寸法が嬉しい。このような作品は北宋の首都、今日の開封に近くてその豊かな経済的支持があったと考えられる修武の窯で造られた。


※ 参照 : CM-006
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CM-033
CM-034

玳皮魚文天目碗

黒釉白堆線文百合口瓶
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6,5cm×口径11,8cm
● 価格 : \

吉州窯系。
近年の新発掘によって吉州窯の脇窯製品が登場。相対する斑点のある二匹の魚を型紙で抜き、灰釉を掛けている珍品。地の部分は海鼠風となりくっきりと魚を浮き出し、外側は黒釉上に褐色釉を飛ばしている。土は吉州窯特有の粗い白土と違い、緻密な固い褐色土である。
建窯と吉州窯は近くであり、交流・影響はあったであろう。今後の研究が待たれる。魚が強烈な印象を与え、原始美術・アフリカ美術に通じるものが有る。抹茶碗として使用も楽しい。
● 時代 : 金時代
● サイズ : 高さ 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

磁州窯。
この種の俗に「白堆線」と呼ばれる意匠を展開した窯は、山西省から華北に渡る地域に散在した。百合口につくった長頸に中蕪の膨らみをつけ、高台は大きく揆形に開いた安定感のよい、抑揚をつけた作品としている。形のよさ、漆黒の釉の深さ、意匠の確かさをもって小品勿ら佳品としている。多様な黒釉堆線文の中でも特に稀少であって喜ばれる品。芸術的な香り、精神的な高さがみられるからであろう。
現在このような作品は修武窯と考えられており、修武窯は定窯・磁州窯・汝窯よりはるかに首都開封に近く、特に宋は一般庶民が経済的に恵まれた時代で生活が豪奢となり家具調度も優れたものを求め、この需要を充たしたと考えられる。机案に飾って読書の余暇の徒然の楽しみに役立てるのも奥床しい小品だ。この形状の品は特に市場価が高いため昔から倣品の多いもの。
上海著名収蔵家旧蔵品。
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CM-031
CM-032

禾目天目茶碗

柿釉刻花輪花盤
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6,6cm×口径 14cm
● 価格 : \

建窯。
黒釉の碗ではあるが、口縁より幾分下から禾目とも兎豪ともいわれる細い褐釉が激しく流れ、柿釉のようにも見える。外側も同様であって、腰裾で釉は切れるがここに漆黒の釉が厚く溜まり、そこに禾目が流れ込み、一ヶ所特に大きく高台近くまでの釉溜まりが有る。幾分朝顔の花形端反りの形姿である。
中国では陶磁の歴史の中で常に青磁の青の完成が強く求められてきたが、その流れの中で同じ組成の黒釉は当然副次的に生まれてくる産物であった。しかし必ずしも副産物ではなく「黒」を求めて作られたものであったことが分かる。青磁の陰で消滅することなく存続し続けた(黒釉陶磁は唐・宋・元と量産され、明代には忽然と消え、清朝に於いて鳥金釉として復活した。)
褐釉と黒釉のハーモニーが美しい碗としている。
建窯は、福建省建陽県にあるので建窯と称しているが、窯場は福建省一帯から広東省にかけて広がって同じような天目茶碗を作っており、細かな戸籍を決めることは困難であり、中でも大きな窯場であった建陽県の窯の名をとって建窯と総称する。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 3cm×径 16cm
● 価格 : \ 問い合わせ

定窯。
白磁はまま見られるが、柿釉は稀少。中央に花文が流麗に片切彫りされ6ヶ所の切込みによる輪花としている。折腰形と呼ばれる形。
宋から元時代にかけてやや形を変えながら続く形式。同時代と比定される漆器にも見られる。
柿釉は定窯のほか、耀州窯・磁州窯系の諸窯でも焼成されている。
柿釉上に金箔を用いて描かれた碗2点が重要文化財に指定されている。
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