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CC-290 CC-291

青磁管耳瓶

粉青三足弦紋爐
● 時代 : 南宋時代(13世紀)
● サイズ : 高さ 20cm× 胴径 11.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

哥窯。
口縁の両側に円筒形の耳を貼り付けた古代遊戯具。銅器を模した瓶で、もともとは南宋官窯で始めて造られた器形。龍泉窯で多く造られている。端正厳格・古朴な佇まいを見せる。米黄色の釉面には大小の貫入、大きな貫入は黒褐色、小貫入は米黄色と「金絲鉄綫」の言葉のように両色が織り成す模様世界は美しい。露胎部の胎土は赭紅色。
最近浙江省杭州市の老虎洞窯址で哥窯が発見され、産地や編年についての謎が解かれようとしている。窯址は龍泉窯とは極めて近い距離にある。
官窯・哥窯では貫入を一層際立たせる目的で、墨汁やベンガラで着色することも行われる。
参照 : CC-236CC-273
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 11cm× 口径 16.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

官窯。
形は漢代の酒樽を摸倣、もともと漢代の酒樽には博山形の蓋が付いており器は筒型で、下には獣足が三つ付いている。せんや石に彫刻されて残る漢代の宴の図によると、普通酒樽の蓋は開けられ、たるの中には柄杓が入れてある。酒樽は全てきちんと承盤上に並べられているが、この承盤の形は普通三つの獣足が付いている。宋代の「柳蔭高士」の図を見ると、柄杓を中に入れた大きな椀がやはり酒器として使われており、その椀は漢代と同じ形をしている。したがって香炉とされた本品も酒器など別の用途に用いられた可能性もある。青緑に淡い藍色を帯びた色調、大きく縦横に入る貫入の間には白く輝く小さな氷裂文が入る美しさは喩えようがない。静謐で高い品格と重厚な作風は南宋官窯青磁の持つ魅力。
「二重貫入」は何層にも重ね掛けされた青磁釉が焼成後冷却してゆく過程で、黒色の胎まで深く届く貫入と、雲母片のように浅く入る貫入を生じさせたためできる。裏面には7個の針目跡が有り、局部土銹により黄褐色変。持つと意外と軽いのは官窯の特色。台湾故宮博物院に同手品が知られる。郊壇官窯より稀少な修内司官窯と思われる(修内司官窯の窯址は未だ発見されていない)。

参照 : CC-174
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CC-288 CC-289

青磁貼花刻花蓋付瓶

青磁牡丹鳳凰紋瓶
● 時代 : 五代〜北宋時代
● サイズ : 高さ 30cm×胴径 15.8cm
● 価格 : \

越州窯。
ふくよかに膨らんだ肩から下窄まりの胴面は突状線で4区に分けられ、上部には牡丹花を刻花した円形を貼花、面には細かい線刻で瑞雲を表す。首部には左右に円環が付属。落とし蓋は八稜花形で花文の線刻が施される。円形貼花文様技法は、唐三彩の龍耳瓶・壺の宝相華文に前例が見られるが、越州窯では稀少。
かって見られない作品であり優品でもあって、市場に初めて類品が発表された2005年9月のニューヨークサザビーズオークションでは、$464,000(約5500万円)で落札された。上質の越州窯青磁を指した呼び名として「秘色越器」があり、中原(華北)に首都を置く王朝の朝野の人々を魅了したことが実感できる作品といえよう。

参照本 : 2005年9月 サザビーズ ニューヨーク
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 28cm× 胴径 15.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

越州窯。
器面下方には二重蓮弁を、胴面には瑞雲と牡丹唐草の間に2羽の鳳凰を陽刻する。肩には双耳を付ける。
鳳凰の羽毛、牡丹花には線刻が施される。刻は大胆で筆勢有る。類品を見ない。獅子鈕の被蓋が愛らしい優品である。
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CC-286 CC-287

青磁盤

青磁刻花唐子唐草文瓶
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 3.2cm× 口径 13cm
● 価格 : \

官窯。
全面に細い貫入が入り、気韻の高さがある。紫口鉄足の約束に従って口縁は釉が薄く黒紫(紫は中国では褐色をも含めた広い色域をもつ)色となり、胎は殆ど黒色に近い陶胎である。中国で砕器と呼ぶ貫入が隈無く入った南宋官窯青磁を、日本人が好んで中国に求めていたことは明末の宋応星が「天工開物」に語るところであり、その声価は特に日本で高いことを述べている。それほどこの種の青磁は我国の審美眼を持つ人々を魅了した。
郊壇官窯と見て差し支えあるまい。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 28cm× 胴径 16cm
● 価格 : \

越州窯。
胴上部には立姿の2唐子を空間は牡丹唐草文で意匠している。豪快に勢いある片切彫りで流麗に刻され、文様の凹部に厚く溜まる青釉の濃淡も美しい階調をなしている。かっての中国において多くの子や孫に恵まれ、世代が連綿と長く続き、先祖に供える香火を絶やさないことは重大な関心事であった。三つの幸福を象徴する「三多」には多福多寿と共に多男子が数えられている。本図柄も子孫が綿々と続き絶えない事を唐草文とともに寓意している。同時代、青白磁では類品が知られるが青磁は稀少。

参照 : CW-078
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CC-284 CC-285

青磁牡丹唐草刻花文瓶

澱青釉紫斑文盃
● 時代 : 北宋時代(11世紀)
● サイズ : 高さ 27cm× 胴径 14.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
胴面を3区に別け、肩部と下部は二重蓮弁文を、中央部は牡丹唐草文を片切彫りで装飾する。浙江省南部に位置する龍泉窯は五代以前には越州窯系の青磁を生産したが、北宋時代の11世紀頃から独自の特徴を持つ青磁を作り始め、南宋時代になると大きく発展して越州窯に代わって江南を代表する青磁産地となった。北宋時代の龍泉窯遺品は多嘴壺が多く、梅瓶の遺品は11世紀頃の龍泉窯として貴重資料。
● 時代 : 金時代(12世紀)
● サイズ : 高さ 3.3cm×口形 6.5cm
● 価格 : \

鈞窯。
内面天晴釉の中央に紫紅斑。裏面は澱青釉に紫紅釉が交じり合って複雑な色彩の変化を呈している。造りもすっきりしており、姿に気品がある。

参照 : CC-019
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CC-282 CC-283

青磁刻花蓮池水禽文瓶

青磁貼花魚文盤
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 18cm×胴径 9.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

耀州窯。
胴面二重蓮弁上は蓮花唐草文が表され、間に白鳥が2羽と鴛鴦が3羽刻花される。片切彫りはダイナミックで、花と鳥は躍動感に溢れている。深く彫られた文様の輪郭線では色濃く発色し、文様全体を浮き上がらせ、立体感を生み出している。
牡丹唐草・蓮唐草文はまま見られるが、鳥が添えられているのは珍しい。耀州窯のオリーブグリーンは著名で、南方の龍泉窯に対して北方青磁とも呼ばれ、日本や欧米で高い評価を受けてきたが、窯址の本格的な調査が始まる1950年代まで、その実態は謎に包まれていた。窯址が不明で産地が特定されていなかった東窯タイプの青磁も耀州窯であることが近年の発掘調査で判明した。南方青磁の婉美なるのに比し、北方青磁は幽玄であるとも言えよう。
鋭い片切彫りに縦横の曲線で牡丹唐草文などを刻する技巧は心憎いまでに上手である。このような高度の芸術は決して短い修業で得られるものでなく、又一般社会の高い文化的背景なくしては現れないのであって、その芸術愛好のため国を滅ぼしたとまで考えられる徽宗皇帝を出した北宋時代という時代が生んだ品といえる。

参照 : CC-146
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 5.4cm×口径 24.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
見込み中央に双魚を内側に幾分小さい魚を4匹、間にはさらに小さな魚を3匹、合計9匹を貼花する類品を見ない構図(恐らく1匹は貼り忘れか)。
外側面は蓮弁文の削りで装飾。全体整った翡翠釉色の中を魚が泳ぐ様が涼しげであり楽しい。独特の釉色の原点は新石器〜漢時代の青玉にあり、その色沢の再現こそが2000年の青磁焼造のエネルギー源であった。

参照 : CC-152
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CC-280 CC-281

青磁盤

青磁輪花洗
● 時代 : 南宋時代(12〜13世紀)
● サイズ : 高さ 6cm× 口径 22cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
垂直に立ち上がる側面と広い平らな口部を持つ盤。緊密な胎土は灰白色で淡青色の青磁釉が全体に厚く掛かり、畳付きは無釉で赤く焦げている。筆洗として使われていたもの。このタイプの盤は官窯に多い。金属器を思わせる単純謹厳な造形が宋磁特有の端正な美しさを備えている。発色の美しさは際立って美しい。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 6cm× 口径 14cm
● 価格 : \

官窯。
五角入隅で、傘形に開く。粉青色の釉面には土銹のためやや赤みのさした大きな貫入が一面に入って、一層の気韻の高さを誇る。いかにも端厳な造型を青磁の釉の絶妙な美しさだけで装う官窯青磁の有様が如実に示されている。銀器あるいは漆器写しのこの器形は当時の宮廷好みを示している。
口縁部は釉が流れて薄く黒紫色となり、胎は殆ど黒色に近い陶胎で、紫口鉄足の約束に従う。官窯の美しい色調と際立った貫入は石灰を多く含んだ釉を何度か施釉し、低い温度で焼成することによって得られる。
見込み中央には蟹爪文が美しく見られ、五弁のボディの力強さ・天青色の深い色、皆感歎すべきものである。このような釉色は最高作とされ、おそらく南宋初期の修内司官窯で焼かれたもの。近時の発掘である(伝世品は、参照:CC-210 の如く黒色貫入となる)。 釉面の貫入は黄金色を呈し古人はこれをぜん血紋と称した。
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CC-278 CC-279

青磁鏤空牡丹唐草瓶

青磁印花魚文香炉
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 25.5cm×胴径 14.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

耀州窯。
器面を3区に別け肩部は蓮花唐草文、主胴部は牡丹唐草文を透かし彫り、下部は二重蓮弁文を装飾する梅瓶型瓶。中国陶磁の造形の多様さを示す作品であるが稀品。宋代耀州窯青磁独特のややくすんだ緑色・オリーブグリーンを呈している。花挿としての用をなさないので飾瓶であろう。
南方青磁の婉美なるのに比し、北方青磁の幽玄さといえる。鋭い片切彫りに縦横の曲線でもって牡丹唐草文などを刻する技巧は心憎いまでに上手である。彫りの窪みに溜まった青色によって一層この青磁の美しさを引き立てている。

参照 : CC-240
● 時代 : 北宋時代(11〜12世紀)
● サイズ : 高さ 10.3cm× 胴径 12.7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

耀州窯。
膨らみをもった胴部には印花による魚と波涛文が施される。足は獣頭と獣足が組み合わされ、端部には足指が表されている。耀州窯は西安の北83kmに位置し、五代に多品種生産から青磁を中心とした焼造へと転換、宋代に隆盛期となり刻花や印花の鋭い彫り・流麗な線による装飾により宋代における同種の装飾中で最も優れたものであり、中国北方青磁の代表と賞賛されている。

参照 : CC-066
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CC-276 CC-277

青磁刻花龍文碗

青磁輪花盤
● 時代 : 五代〜北宋時代
● サイズ : 高さ 5.3cm×口径 15.5cm
● 価格 : \ 800,000

越州窯。
見込みには碗の縁に沿っていっぱいに長い尻尾を丸く巻く龍が円形に描かれ、間には雲文が陰刻される。外側口縁下には弦文の中に、内側口縁下同様瑞雲が刻される。龍の体表鱗の線刻も細く鋭い。晩唐の頃現れた刻花文の装飾は簡略で効果的に描かれ、その線は大まかであったが、五代になると刻花文が多いに流行し、モチーフも豊富になる。線も唐代に比べると著しく細いのが特徴。高台内長方形状目跡が4個見られる。気品のある淡い秘色青磁釉、厳格な文様表現、佳品である。類品に越州窯の世界的名品として知られるメトロポリタン美術館の「青磁龍涛文鉢」が有る。

参照 : CC-101
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 2.7cm× 口径 12.4cm
● 価格 : \

官窯。
咲き誇る一輪の花の姿につくられた盤。外側の6箇所を押し窪めて内面に稜線を浮き立たせているが、こうした文様を「出筋」と俗称する。深青色の釉が厚く掛けられ、大小の大は黒く、小は氷裂状の細かい貫入で覆われ、玉にも似た深い美しさをたたえている。高台も輪花形に丁寧に造られているのが珍しい。高台畳付きは露胎で赤褐色の胎土で「紫紅鉄足」の特徴を示す(幾分鉄釉を施している)。上海博物館蔵 哥窯にも同形品が知られる。
宋時代は陶磁器生産の最も充実した時代で、その頂点に位置するのが官窯であるが、官窯の実態はまだ不明な点が多い。丁寧な造り、安定した姿態は程よい緊張感を漂わせ、高台の入念な作法にも宋瓷の作風が濃く表われている。
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CC-274 CC-275

紫紅釉瓜形水注

青磁浮牡丹文蓋物
● 時代 : 北宋〜金時代
● サイズ : 高さ 30.5cm×横 19cm×奥行 12.5cm
● 価格 : \

鈞窯。
北宋時代、青白磁水注に多く見られる優美な代表的器形。胴面には6本の縦筋文を加え、すらりと伸びた注口とラッパ状に広がる長い頸を持つ。外表面は澱青釉に紫紅釉を全体に掛けることにより混濁した複雑な美しさを。内面には澱青釉のみを掛けた色釉の対比を狙っている。中国で「海堂紅」とも言われる最高級釉膚の紅色から紫色へと変化する妙が見事な作品に仕上げている。
高台内には「二」の数字が刻され、花盆と洗に代表される印捺銘は器物サイズを示すもので、宮廷用に造られたものであることを示している。澱青釉がいつ開発されたのか詳細は未だ明確でなく、器底に漢数字をもつ一連の作品は元代の作品ではないかという大胆な提言もされてもいる。

参照 : CC-123CC-089
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 13.5cm×横 14.5cm
● 価格 : \

龍泉窯。
この器形は太鼓胴と呼ばれる。型抜きで作った牡丹の花と葉を配し、それらを粘土紐で繋いで唐草文としている。律動的で華やかなこの装飾は浮き牡丹と呼ばれ、粉青色の青磁が厚く掛けられている。蓋には見事な鈕がつけられている。胴に貼付けされた牡丹唐草の文様は、描いたように暢のあるおおらかさをもち、明時代のそれのように形式化していない。
大型品は茶道具の水指として鴻池家に伝来、現在は静嘉堂文庫美術館に蔵されている(重要文化財)。

参照 : CC-227
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CC-272 CC-273

紫紅釉杯

青磁長頸瓶
● 時代 : 金時代
● サイズ : 高さ 4.5cm×口径 8.7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鈞窯。
銅による紅色と組み合って表裏全体鮮烈に紫紅色に発色する。宋の五大窯は北宋の滅亡と共に悲惨な運命を辿ったが、鈞窯だけは栄え、金〜元〜明代へと焼かれ続けた。色鮮やかな印象的な作品。雲気のような紅斑の紫紅が花の咲いたようにぱっと散った盃は極めて高価であり、好者垂涎の品。紅斑は黒釉銹花(いわゆる鉄砂)などと同様に、華北の磁州窯系の陶工がこの時流に開発した一つの重要な技術革新であったと考えられ、その趣味は多分に民間の好尚といってよいであろう。

参照 : CC-090
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 20.5cm×胴径 9.8cm
● 価格 : \

哥窯。
器体全面米色釉が掛けられ大きな黒色貫入と米黄色の小貫入が入り、「金絲鉄綫」の模様世界を構成する。釉の膚は玉に似て湿潤、造形は端厳重厚、独特な風格を持つ。胎土は醤褐色。
官窯・哥窯では貫入を一層際立たせる目的で、墨汁やベンガラで着色することも行われる。
● 別角度画像 → 裏面内側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大

CC-270 CC-271

青磁三足洗

青磁牡丹文水注
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径 19.5cm
● 価格 : \

汝窯。
倣漢代銅洗。短い獣足の付いた大型洗。口縁の外側には1本の突状堆線が巡り、玲瓏たる天晴色の釉肌。底裏には針目跡が5ヶ配される。全釉面には貫入が見られ、長年月の土中により土錆が泌込んでいる。極めて整った美しい姿を見せる汝窯の青磁については、文献に名が残るもののその場所が特定できず、長い間実態が明らかでなかった。従来文献資料と伝世品との検討によって、やや失透気味の灰青緑色の釉色、全面に広がる細かい貫入、高台に残る小さな胎土目跡などの特徴を持つ一群の作品が相当するとされてきた。
1986年に河南省宝豊県清涼寺で伝世品と同様の陶片や窯道具が発見され、この地がその窯址であることが確認された。北京の宮廷のために焼かれた御用品といわれており、伝世品は極めて少なく、皇帝の器に相応しく作風は静謐であり、気品と威厳が感じられる。澄んだ水色の釉は透明感があり、色調は淡い。独特の神秘的な凛とした無地(中国では素文という)の美しさである。宋代陶磁こそは古今東西に渡り人類が持つ事のできた最も美しい器物であった。世界中どこの民族も新石器時代以来作り続けてきた陶器ではあったが、中国だけが抜群の水準に達したというのはいかなる理由によるのであろうか。どうして宋時代においてそれが実現したのであろうか。玉器をいわば仮想敵としてそれに迫った作品といえよう。口縁の突状線のみで全体を引き締める。汝窯は全て薄作りであって本品も極めて軽量。汝窯は宋代の名窯のなかで伝世品がもつとも少ない窯であり現在発掘資料を増している嬉しい状況。長年月秘蔵清涼寺農民から入手。

参照 : CC-132
● 時代 : 晩唐時代
● サイズ : 高さ 16.5cm×胴径 17.5cm
● 価格 : \

越州窯。
鉄砲形に長く伸びた頸と上方に突き出た6面取の水注口を持ち、首付け根に丸環を施し、胴面は2本の突状線で4区に分けられたそれぞれに牡丹花と牡丹葉の2種を交互に線刻する。唐時代典型的なもえぎ色釉、様々な形式の小壷(小水注)が生産された事から晩唐期の作品と知れる。
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CC-268 CC-269

青磁蓮弁筆洗

青磁硯屏
● 時代 : 五代〜北宋時代
● サイズ : 高さ 6cm×径 18cm
● 価格 : \ 問い合わせ

越州窯。
大きく碗形に広がった八つの二重蓮弁、その中心には外側に6つの二重蓮弁を陽刻した蓮実を装飾する。裏面には高台脇に細かな二重蓮弁を陽刻し、十六弁に細刻線を施す。丁寧な造り・謹厳な独特の品格を持つ。蓮弁は極めて薄造り。筆洗であって蓮実は筆添の役目もする。「明窓浄机」という文人の文房に相応しい高い文人の魂が宿るこのような文房具を見れば、文化とはいかに根底の深い風流精神の漲るものかということを知らせてくれる。
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 11cm×幅 11cm×奥行 3.8cm
● 価格 : \

龍泉窯。
外形状の入隅形と同様枠中の片面には瑞雲の中の麒麟を、背面には孔雀を四獣のうちの2つを貼花する小硯屏。
明時代龍泉窯の一側面を示す類例であるが、釉色は明るい青緑色が掛かり美しい。肉厚の造り、鷹揚な粗さとが並存したこの時代の文房具は又、宋時代作品とは異なった魅力があり、日本人に特に愛され伝来品が多い。陶磁の文人趣味・中華趣味を反映して古染付といわれる青花作品同様、青磁でも多種の文房具が造られている。大型品に比べ稀少。日本伝来桐箱添。
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CC-266

CC-267


青磁八陵瓶

青磁長頸瓶
● 時代 : 唐時代後期
● サイズ : 高さ 23cm×胴径 11.3cm
● 価格 : \

越州窯。
全体に黄味を帯びた青色の釉は、唐時代典型的な萌葱色(青と黄の中間の色)。鋭利に削り取られ八面取とした鉄砲形長頸と八本の突陵線でもって凹面の面取りがなされた丸胴を持つ。同形品は1987年法門寺搭基地宮中室より出土し、秘色瓷と呼ばれて珍重されたことがわかった。貴重な作品で、唐末の越州窯基準作の一つ。 器の口縁や胴に筋目を付け、あるいは切り込みを付け、時に均等にある場合には不規則に割り付ける装飾法を輪花装飾と呼ぶが、この装飾が中国で行われ始めるのは隋唐時代になってから(盛唐時代の八世紀はとりわけ金属器の世界では大流行を遂げた)。
中唐の詩人陸羽が喫茶法についての諸事を「茶経」にあらわし、その中で越州窯の青磁を特に茶碗に相応しい焼物として最高位に価値付けしたこの頃から、再復活してきた越州窯は着実に新しい青磁の高揚へと努力を怠ることが無かった。その滑らかに溶けた青緑色の釉に「秘色」の美称をたてまつった。草創期にあって厳しい統一性の下に収斂する格調はやはり盛り上がろうとする興隆期の力強さに支えられているといえよう。洗練さは呉越国の支配者銭氏の庇護の影響からか宮廷趣味というか文化人層の趣味性が反映していると解せる。近時洛陽郊外、漢代以来の王侯貴族の墓が群れている北ぼう山出土。
「古より今に及びいまだ亡びざるの国なく、また掘られざるの墓なきなり」と。だから墓の中に財宝を副葬する愚行をするなと魏の文帝が薄葬の詔を出しているが、中国のいたるところ青山ならざる無く、いたるところ土中古の潜まざる地とてはない。掘れば必ず出る。中国が土中古の国として洋々たる物があるのは中国美術を賞でる我々にとって幸せな時代だ。
※下方胴面の横筋は窯傷。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 16.3cm×胴径 8cm
● 価格 : \

官窯。
球に近い胴に直線的長頸が付き、肩部には突状線が巡る。深い青磁釉が総体に掛かり、官窯特有の「類氷」といわれる氷裂状貫入が全面に現れる。釉肌は深みのある得も言われぬ幽玄な色釉は官窯の魅力。高台露胎部は醤褐色でいわゆる「紫口鉄足」の特徴を示している。文献には南宋時代、都に修内司窯と郊壇窯の二つの官窯を置いたとあり、郊壇窯については近年抗州市鳥亀山麓に場所が特定された。しかし龍泉窯の一部の窯でも「黒胎青磁」が焼かれていたことが近年明らかとなり、龍泉窯で南宋宮廷の御用品が焼かれていたと考える研究者もいる。

参照 : CC-179CC-174CC-172
● 別角度画像 → 裏面俯瞰底面拡大参考本 ● 別角度画像 → 底面拡大口縁

CC-264 CC-265

青磁菊弁盤

青磁尊升瓶
● 時代 : 五代〜北宋時代
● サイズ : 高さ 3cm×径 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

越州窯。
16弁の菊形に型押しで成型された盤。
高台内は長方形状5ヶの目跡。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 9.5cm×口径 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ

官窯。
ラッパ状に大きく開いた口頸部を持つ古代銅器尊瓶を摸倣する。明るく澄んだ水色の青磁釉がたっぷりと掛かり、その全面に官窯の見所とも言うべき「二重貫入」が現れている。これは何層にも重ね掛けされた青磁釉が焼成後冷却してゆく過程で胎まで深く届く貫入と雲母片のように浅く入る貫入を生じさせたためで、釉に一層深みのある美しさを与えている。底裏には長方形の小さな目跡が3ヶ所有る。青磁釉は碧玉のような幽遂な趣をもって、幽面に無限の変化を与えている。
この様に古玉器や古銅器を摸倣する器形は特に南宋で好まれ、坑州付近の官窯で作られた。2つあるとされる南宋官窯のうち、郊壇官窯の窯址は発掘調査が行われており、修内司官窯の窯址は未発見だが逸品とされる官窯はここで作られたと文献に記されている。
下方部が球形で連結部が大きく絞られた品は唾壺であるが、本品の形状は花盆か渣斗(食事上のガラ入れ)とも考えられている(宋人の大家族テーブル上には必ず筋瓶と渣斗が置かれていた。この形式の壷は俗に(レイズ、ジャー)と呼ばれる。

参照 : CB-090CC-172CC-077
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