三彩  Page5Page4|Page3|Page2Page1
CS-089 CS-090

三彩貼花蜂文洗

藍彩合子
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 5cm×径 23.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中央部の宝相華は瑞祥をもたらす様々な華を合成した文様であり、盛唐期に発達する。

参照 : CS-074
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4cm×径 9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

染色の蝋けつ染の技法を応用し、白抜き藍釉一色を施す。形状は銀器の写しであるが、銀器にはない暖かく柔らかでエキゾチズム溢れた作品。コバルトは西域からもたらされたもの。銀器と違い三彩作品はいずれも明器。藍彩にはコバルト顔料を使う。春秋戦国時代の瑠璃トンボ玉に使われている藍彩もコバルトによる呈色。

参照 : CS-008
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CS-086 CS-087

三彩馬

三彩盃
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 12cm×横 11cm×奥行 4.5cm
● 価格 : \

緑釉に一筋の褐釉を流しただけのミニチュア馬。馬は頭を僅かに上げ、静かに立っている。裸馬で鞍などの装飾は見られない。生活場面や日常の再現性を重視したのが小形動物俑であって、鎮墓の俑とは異なる。

参照 : CS-036
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径 7.2cm
● 価格 : \

蝋弾きの白斑に緑・棕褐釉を掛ける。杯は盤に小杯を組み合わせた品が多い
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CS-084 CS-085

緑釉胡人俑

三彩舞女
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 24.5cm×横 11cm×奥行 8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

唐代に長安や洛陽などでは西域からの行商人や隊商の一行が多く見られた。彼らは薬品や香辛料のほか、金属器・ガラス等珍奇な工芸品をもたらしている。容貌は深目高鼻の胡人(ソグド人)。ポーズをとり、動きのある造型が好ましい。
全体に薄緑釉を厚く掛ける。こぶしを握っており、駱駝・馬と一対で出土する牽俑の可能性がある。袖下のオリーブ色の釉溜まりも美しい。

参照 : CS-019CS-017
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 37cm
● 価格 : \

唐三彩は20世紀初頭に開封から洛陽にいたる鉄道工事の際に唐墓から発見され、初めてその存在が知られるようになった。そしてその見事な造形と色彩の華麗さが、瞬く間に世界中の人々を魅了した。唐代の貴族の墓からは大型の馬や駱駝・鎮墓獣・文官俑・武士俑のほか様々な女性俑・抽象的な文様の施された盤や瓶などが次々と出土し、従来の中国陶磁のイメージは一新された。千数百年の年月を経て、華麗な唐代の色彩や造形がそのままの姿で甦ってきた。唐三彩の最盛期は7世紀末から8世紀初頭であり優れた作品が多数製作されたが、安史の乱(755年)以降衰退してゆく。三彩を焼成した窯址は現在6箇所発見されている。蝶の様な形の髷を高く結い上げ、中央に6弁の花形の髪飾りを付けている。
CS-082と対を成すものであり、近時出土。西安−香港−ニューヨーク−東京と1300年余の眠りからさめ、この目まぐるしい移動に本品も驚いていることであろう。
洛陽博物館に同形加彩楽舞女子10体組が知られ、楽人と共に有ったことが知れる。当時の服飾や化粧を克明に伝えるばかりでなく、表情豊かで動感に溢れる造形は舞楽の様子をも彷彿させ、瑞々しい表情と気品に満ちている。三彩釉の麗しさも盛唐の匂うような文化の香りを伝えている。

参照本 :
@ 参考本
A EARLY DYNASTIC CHINA : WORKS OF ART FROM SHANG TO SONG
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CS-082 CS-083

三彩舞女

三彩有蓋壺
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 37cm
● 価格 : \

盛唐を代表する美人俑は、豊頬豊満な樹下美人式の俑である。この形式の美人俑は8世紀の前半代に集中し、一般に楊貴妃の艶姿を写したといわれる。一方女侍などの職能を表す女子俑に豊満な体型は見られず、痩身に表現されている。透かしの有る見事な冠を被り、腰を捻って踊るようであり、胸を少しはだけて緑色の長裾には、長く垂らした袖を持つ羽織を着る。先の反った沓先にも褐釉が施される。顔は丸く露胎であり眼は墨彩、唇には朱彩頬にも紅彩が残る(冠も朱彩が残る)。顔は表情に潤いがある。華麗な釉の照り・造型の確かさ等、相当な高級貴族墓に副葬されたと知れる。器形は大形、容貌も気品高く華やか。瑞々しい表情で姿形に動きがあり、見るものを魅了する。この像の唐代盛期の製作である事はその幾分紅色がかった白く美しい胎土・鮮やかな三彩釉の発色、また造形的厳しさがモデリングの柔らかさと釉発色の美観にとって変わられていったあたりにもうかがえる。
近時西安郊外墓出土品。対であって姿態の相違する舞女俑は残念なことに欧米に流れたが今買交渉中 !!

参照本 : EARLY DYNASTIC CHINA : WORKS OF ART FROM SHANG TO SONG
● 時代 : 盛唐時代
● サイズ : 高さ 27.5cm×横 24.5cm
● 価格 : \

白抜きの丸文を地に緑釉をかけただけの点彩模様を施す万年壺。肩からの膨らみは豊満な美しい造形となり、色彩ともに何とも魅力に満ちた作品である。肩には二本の刻線が施されるのは金属器写しの名残りといえよう。
微紅を帯びた土は西安の出土といわれるものであり、西安に近いところで焼かれたものであろう。優品である。
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CS-080 CS-081

三彩有蓋壷

白釉馬
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 22cm×横21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

肩がゆったりと丸く張り、宝珠形の鈕が付いた蓋を伴うこの器形は、俗に万年壷と呼ばれる。死後の永遠の食糧を蓄える壷と考えられたことに由来する呼び名。殻抜きの丸文をし、地に褐釉をかけさらに緑釉の点彩を施し変化を与え、染物の柄を思わせる。唐以前の文様が何か宗教的な意味と形態をもって用いられるのが常であったことを考え合わせると、このように純粋に装飾を目的とした装飾は当時の人たちにとっても画期的なことであったと思われる。万年壷と通称される用途だけのものであったとすれば、尚更の事である。盛唐期の華やかさと美しさに満ちた万年壷である。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 19cm×横 17cm
● 価格 : \

性交態様を表現する二頭の馬。釉溜まりは黄色を帯び、一面に細かい貫入が生じている。


参照 : CS-069

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CS-078 CS-079

三彩石榴壷

三彩水注
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 8cm×横6.5cm
● 価格 : \ 80,000

石榴の実を模り、丸く膨らんだ胴部には薄黄・藍釉をミックス状に、首部は褐釉を流す。稀少な形状。
※胴部にはくっつきが有る。

参照 : CS−011
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 8cm×横8.5cm
● 価格 : \ 130,000

褐・薄黄・緑釉をミックス状に流したミニチュア水注。唐代には副葬明器として様々な器形のミニチュア容器が造られた。
短い筒型の注口が把手の付け根と同じ高さの所に付くという唐時代水注に共通する特徴。取手の上下付け根には鋲が留められている。
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CS-076 CS-077

黄釉獅子把手水注

黄緑彩長頸瓶
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 22cm
● 価格 : \ 問い合わせ

獅子が瓶中を覗き込む形の取手と龍首を持つ特異な形状瓶であるが、唐の定窯白磁として著名なフリーア美術館蔵が同形品。
ギリシャのオイノコエの形式であり、西方の影響が認められ金属器を祖形としている。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 21cm
● 価格 : \

張りのある長円形の胴からすらりとした長い頸が伸び、口縁はラッパ状に広がっている。高台はやや外開きで安定感がある。佐波理の形を模していることは肩に施された筋でわかる。法隆寺伝来のほぼ同形の銅製瓶が知られており、日本では王子形水瓶と呼ばれ仏前に供える器である。
総黄釉の下方部に緑釉を意識的に流した珍しい配色が極めて斬新強烈な印象深い作品。三彩のうち緑釉がまず最初に北斉〜隋時代に開発されたと考えられている。黄釉は故宮博物院蔵「黄釉緑彩四耳壷」に本品と同技法の品が有り、鮮烈な黄釉も同様。盛唐の三彩の黄釉と幾分相違する鮮やかさは一見現代陶に見られる色釉のコンビネーションと言える。

参照 : CS-052CS-035DK-190
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CS-074 CS-075

三彩貼花蜂文洗

三彩鳳首水注
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 5cm×径 22cm
● 価格 : \

洗形の盤。中央部に花弁を盛り上げた宝相華を、花心には対の蜜蜂を貼花でもって表現する。宝相華の外周には一重線を巡らし、外側には4箇所の瑞雲を線刻している。総体に緑釉を、部分的に褐釉を飛ばしている。かって類品を見ない斬新な意匠。たっぷりと掛かる緑釉の濃淡が美しく魅力的。蜜蜂は銀薫球・海獣葡萄鏡を始めとする唐代金工品には暫々取り上げられている唐時代好まれたモチーフ。貴族の美意識の発酵が最高潮に達したことを実感する作品。このような三彩の技術と熟成はおよそ690年代に完成したと考えられる。時は則天武后の時期。武后の専制政治が行われる中で、世に盛唐と呼ばれる時代様式が急速に熟成され、絢爛たる装飾美の世界が開拓された。
宝相華と呼ばれる空想花を見るとその芸術意欲の思考する理想美が示唆されているといえよう。しかし盛唐貴族が築き上げたこの栄耀の精粋は数十年にして瓦解する。安史の乱がその誉を破ったのであった。近時洛陽郊外墓対で出土。

参照 : CR-015
● 時代 : 盛唐時代
● サイズ : 高さ 23.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

二つの型を合わせて作られた扁壷形の水注。片側に鳳凰、片面には狩猟文を表す。
三彩釉は厚く全体に掛かり、発色は抜群。明るく美しく、三色の混在配色状況が成功している究極にはギリシャのオイノコエから来た形であろうが、これには酌むことを忘れ注ぐことだけになったササン朝の鳳首壷が直接の源流。駱駝用の鞍に下げられたり、胡人俑が持つ水注は皆この形状の水注である。均整の取れた美しさと華やかさにおいて、最も完成度の高い作品といえる。

参照 : CS-002CS-026CS-066CT-019CT-017
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CS-072 CS-073

有蓋多足円面硯

三彩馬
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 2cm×径 5.5cm
● 価格 : \ 200,000

12足で全体を白・褐・緑釉のぼかし文様で、円面は褐釉で装飾する。蓋を伴う遺品は稀少。
同類品が奈良法隆寺龍田御坊山3号墳から淡緑色鉛ガラス筆管とともに出土し、古墳の築造年代は7世紀中葉頃と考えられ、最も古い我国に将来された唐三彩といわれている。

参照 : CS-007CS-017
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \

小品ながら造りが精細で、鬣をいわゆる三花に造り、頭と胴に杏葉が垂れ下がり、毛織物の鞍覆には三彩の釉が美しく施されている。馬は唐代においては「天の驕子」であった。唐王朝と西方の往来が頻繁になったおかげで、馬の品種もますます優良となった。この三彩馬は唐代良種の駿馬を有りの儘に写したものに他ならない。小さな頭を傾げ、背中から腰にかけた美しいスタイルである。特に目を引くのはカッと見開いて挑むような野生ありありとした目である。コバルトを陶磁器に使う技術は唐で初めて出現した。しかし材料が入手できなくなったためか、後の時代には伝わらなかった。藍彩馬は極めて珍しく、重厚な気品を備える(黒釉馬は京都国立博物館蔵が知られる)。西方の様式を受け、古典的な造型を好んだ盛唐の人たちは、引きしまってしかも伸びやかなアラブ馬を作ることに、ひときわ意を注いだ。
唐代貴人の墓内はこのような三彩器物や俑で満たされており、一方でそれらを供給した工房の事情も推察できる。このような像を次々と焼成し、更に石刻や木工を含めた墳墓の造営は、今日から見ても壮大な事業であった。近時洛陽郊外墓より出土。同墓より底裏に「大唐貞観」の印刻のある品(参照:CS-046)と本品のように無い品とが出土した(貞観A627〜649の治世は、後世高い評価を受けることとなる)。
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CS-070 CS-071

三彩宝相華文盤

三彩鷹匠男子
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 3.7cm×径 19cm
● 価格 : \

盤の中央は宝相華文。褐釉の地を蝋抜きで魚子状に白く抜く、盛唐の三彩盤にまま見られる意匠・技法であり、当時好まれたとうかがわれる。型押しで文様を表し、銀板の意匠を受け継いだ作品。
宝相華文は花弁に当たるところが向かい合った二葉の半パルメットで普通の花弁形でない。鮮やかな色彩の対比が印象的な佳品。

参照 : CS-063
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 49cm
● 価格 : \

折り襟、窄袖の長衣を着け、体を曲げて立ち、右手に鷹を支えている。長衣の裾には細かい襞が示され、かなり写実的である。褐釉と緑釉のミックス状流釉が全体を美しく彩っている。頭上の高い帽には華やかな花文が浮き出され豪華である。唐代王侯貴族の贅沢な生活が偲ばれる。鷹匠俑は極めて少なく、また鷹が失くなっている品も多い。唐代の無名の芸術家が当時の社会に於ける各階層の生活を熟知し、人物の性格や情緒をとらえて見事に表現できる高い彫塑技術を持っていたことが理解できる。中国独自の文物を後世に伝えるやり方、それが地下地中の世界であって地下世界といえばまず墓であり、現世の延長に位置づける彼らの墓内は、地中に埋葬・火葬するだけで終わった日本と違い、比較にならないほど豊かであった。墓主の周りに配された沢山の副葬品・明器、本人を語る墓誌壁や天井に書かれた壁画など計り知れない歴史の材料が提供されることとなる。貴族趣味が横溢し、豊麗な美意識が余すところ無く示されている作品といえよう。
鷹匠俑は唐代が最も多いが、すでに北朝(6世紀)の陶胎加彩鷹匠坐俑が大英博物館蔵で知られ、古くからの職であったと知れる。
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CS-068 CS-069

三彩盤

白釉馬
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4cm×口径 20cm
● 価格 : \

見込みは渇釉地に蝋けつ技法を応用し、緑釉の斑文を散らし、周囲は藍釉を施す華麗な端反り盤。華やかさの中にも渋い味わいを漂わす。見込み中央に3点の目跡が盤の約束事として有る。貴族の墳墓に納める為の明器として製作されたもの。盤のような平面的な器物では釉薬が流れないので、明快な文様を作り出すことに成功している。これら素晴らしい三彩陶器がただ盛唐に一時的な盛期で花咲いたことは残念である。その原因として、玄宗天宝14年(1157)から代宗廣徳元年(1149)までに起こった「安史の乱」が主因であった。貴族生活に対し、受害の痛感を与えたもので、乱の前841万戸が乱後には144万戸に減ったと史実は語っており、貴族生活の盛衰をしみじみ感じる。

参照 : CS-003
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 11cm×横 1cm
● 価格 : \

参照 : CS-060CS-045 と同墓より出土
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CS-066 CS-067

三彩狩猟文鳳首水瓶

白釉馬
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 32,5cm
● 価格 : \

胡瓶といわれる形式。器台は高く大きく裾広がりとなり、器腹は縦に長い楕円形。頚部で一度細くなるが、頭部は大きな鳥の頭形に作られている。西方ペルシャの青銅製水瓶が原型で中国化される過程で生まれる注口部の変形のうちの一つ。これを鶏首とすることも多いが、本来鳳凰の首部のつもりであろう。嘴に宝珠を銜えているから、含綬鳳凰と呼んでいる中国の伝統的な霊長であることがわかる。 鳳首の上のやや大きい筒型が口縁にあたる。把手の両端に双巻蕨手状になった葉形が飾られている。器体は扁平で、表裏に異なる文様が浅い浮彫りで表わされている。表面は周囲を宝相華様の唐草で囲み、中央に羽翼を広げて立つ鳳凰を表わしている。裏面は同様の唐草に囲まれた中に騎馬の官人が斜め後方の飛鳥を狙って半弓を引き絞っている。本来の中国や我国の騎射は馬の走る方向に矢を射るものだが、西アジアでは後方に向かって矢を射る、これをパルチアンショット・バックショットとかいい、唐代の中国に伝わり流行した。施文は表に中国古来の瑞鳥たる鳳凰を、裏にペルシャ渡りの騎射手法を表わして一器に東西文化の両要素を盛り込んでいる。藍彩の飛ばしが一段と華やかさを増し、盛唐期の工芸の粋を表現している佳品である。汚れなく光り輝く理想美を希求する貴族の美意識は、人間がこの世の中でなしえる「永遠不滅の美」を創造し得たその結晶の一つが唐三彩であったといえよう。盛唐貴族が築き上げたこの栄耀の精粋は数十年にしていともあっけなく瓦解する。安史の乱(755〜763)がその夢を破ってしまった。1904年頃、開封から洛陽までの鉄道建設にともない三彩が大量出土。1912年頃、北京の琉璃廠に突然多くの三彩陶俑が現れ、日本人・欧米人が競って買い始めた。極めて安かった品も中日戦争中期以後には買う事が非常に難しくなったと言う。

参照 : CS-002CS-026CS-041
● 時代 : 初唐時代
● サイズ : 高さ 19cm×横 24・16cm
● 価格 : \

背中を掻く動きを適確な造形力で捉えている。唐墓の墓室を華やかに演出するのになくてはならないのが俑であって、盛唐時代の墓室の入口には二体の武官と一体の鎮墓獣が、左側には二体の文官が墓室を守り、墓室の中には人物や動物の俑が置かれるのが俑の配置の原則。
白釉馬は三彩と共存する初唐時代の墳墓から出土する、類品の少ない品。形姿や表情共に生き生きとしており、高い芸術的価値を有している。全体に貫入が入る。後ろ足一本のみ折損で修理。

参照 : CS-060CS-045
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CS-064 CS-065

三彩蓮花文盤

三彩立女俑
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径 19,6cm
● 価格 : \

見込みには蓮花文を大きく表わし、渇釉地を緑・白抜き魚子状と三色で、周りは藍釉を掛ける美しく印象的な盤。銀器や銅器の影響を強く受けた盛唐の作品。染織のロウケツ染の技法の応用であるが、やきものらしい柔らかさを持っている。三彩盤には三足のもの・揆形の台が付いたものと、本品のような平盤とがある。明器として8世紀前半頃製作、貴族墓に納められたものであり実用性はない。位人臣を極めた皇帝や貴族たちの最後の宿望は、不老長寿であり、死後の栄光であった。そのために都に営まれる墳墓は荘厳され、大規模となり、納まる明器の勢い多種多様となり、数量が増えていく。このようにいわゆる厚葬の風習は一層エスカレートするばかりであった。例えば乾陵に陪葬されたい徳太子墓には三彩陶を含めて905件の(激しい盗掘を受けていたが)陶磁器が納められてあった程一般の想像を超える大規模な明器群であった。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 16,8cm
● 価格 : \ 200,000

単髪に髪を結った貴婦人俑。唐時代、盛期の開元・天宝年間頃にはこのようにふくよかなパンクーニャン(太美人)が好まれ、墳墓の副葬品として作られた。俑にも数多くの例が見られ、優品も少なくない。顔の表情や肢体の造形に小品勿ら技巧が凝らされている。このようなふくよかな婦人を好んだ習慣は唐の文化を手本としていた日本の奈良朝にも伝えられ、正倉院に残る島毛立女図などにその開放的で(騎馬・婦人俑でも知られる)。歴代の女性の中では最も華麗で美的センスに富んでいたとされる。又、貴族社会の女性は服装に髪型に、そして葬ジングにと贅を極めた。宮廷を中心として、その華やかさは贅沢と浪費の裏返しでもあり、唐の滅亡(907年)の一因ともなった。
大きくぼかし白抜き模様藍釉一色の服装であって仕草から侍女と思われる。女俑は加彩作品は多く残っているが三彩は極めて少ない。
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CS-062 CS-063

白磁辟雍硯

三彩宝相華文盤
● 時代 : 唐時代初期
● サイズ : 高さ 14cm×横 27cm
● 価格 : \ 問い合わせ

硯面中央が突起し、その周囲に海が巡る円形の硯。その形を周代の大学名になぞらえて、辟雍形硯と名付けている(我国では円面硯、多足硯)。硯の台座は腰に両手を沿える12人の座人形足に支えられ、全体に黄白釉が施されている。唐代には端渓の硯とケイ州窯の白磁は広く使用されていたと伝えられるが、これはその例証の一つであろう。硯面に墨跡が残る品も見られることから墓主が生前に使用していたものも多いと考えられている。日本には菅原道真の愛用と伝えられる中国伝来の白磁百足円面硯(国宝)が残されており、両国の交流を物語っている。円硯は初唐期に多く、中唐以降の作品は見られない。破損状態でもって1986年陝西省長楽公主墓から同形状蓋付き白瓷辟雍硯(径 31,5cm)が出土しているが、獣足であり人面足ではなく、また作行きも一段と本作品が優れ嬉しいことに完品。
近時洛陽郊外墓より、CS-060CS-045 と共に出土。

参照 : CC-139
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4cm×径 20cm
● 価格 : \

器形は銀盤そのもので、ロクロ引きと型造りを組み合わせた盤。中央に宝相華文、その周りに霊芝文を点彩しているのも銀器を写そうとした装飾。緑釉と黄釉の二色の対比が美しく、鍔縁が鋭く印象的な品としている。宝相華文は輪郭を線刻している。平底には円弧形の三足が付く。唐三彩のヤマは鳳首・竜耳壷・万年壷・盤にあるといわれる。見るものを幻惑せしめるほどの色彩は、一種エキゾチックな雰囲気を持ち、初期唐三彩の特色を持った優品である。
この形の盤は、銀器や銅器それに遺品は知られていないが木漆器に原型があり、画象によると果菓を盛上げて貴人に供したものであった。「三彩宝相華文盤」は2点の永青文庫蔵が重要文化財となっている程であり、かって極めて稀少な品であったし現在でも出土品は少ない。唐三彩は釉流れとそのために生じる色釉の交じりが特徴的であるが、盤形の作品に於いては意図的に各色釉を塗り分けており、水平に窯づめするところから釉流れが押さえられ、意図した効果が得られている。
この唐三彩が注目をあつめるようになってまだ一世紀しか経ておらず、中国陶磁器の中でも最も新しく注目されるようになったやきものであり、宮廷の伝世品には全く見られず清朝末期まで全く知られなかったやきものであるという事が面白い。参考までに我国の唐三彩指定品は4点。重要文化財「唐三彩龍耳瓶」(東京国立博物館蔵)、「唐藍彩貼花文壷」(静嘉堂蔵)の他2点の三彩宝相華文盤(永青文庫蔵)。茶方で菓子器としての用も相応しい。
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三彩  Page5Page4|Page3|Page2Page1

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